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(わ、わ、わ!!)
相手選手がゴールに飛びこんでくるスピードや、ボールを取り合うせめぎ合いは、激しい音を伴い迫力満点であった。
(すごいなぁ。楠くんって、やっぱりサムライなのかも。いくらチームプレイといっても、最後の砦を一人で担うわけでしょ? 突進してくる敵を前に、逃げも隠れもしないんだから……)
間違ってはいないがややズレた認識の下、百合香は日傘の柄を無意識に握りしめながら試合に没頭した。反対側の観覧席でカメラ小僧と化した佳良の姿も、周囲の目も一切気にならないほどである。
スコアレスで迎えた後半ロスタイム、相手チームに最後のチャンスが訪れた。コーナーキック――当然、百合香は知らないルールだが、ピンチであることは理解できた。
ゴッ、と、鈍い音とともに蹴り上げられたボールは、綺麗に弧を描いてゴールへと吸いこまれていく。息を呑む百合香よりも早く、ゴール前でもみ合う選手たちは地面を蹴っていた。
「あ!!」
楠がパンチングで飛び出した姿が静止画となり瞳に焼きつく。
一瞬の空中戦の後、ボールはピッチ外へと転がり、鋭くホイッスルが鳴り響く。
ゴール前には二人の選手が倒れていた。
一人は――相手チームの選手だ――すぐに立ち上がったが、もう一人は動かない。深緑色のユニフォーム、背番号1……。
立ち上がった弾みで、日傘が仰向けに引っくり返る。なかなか起き上がれない楠の周囲にはチームメイトが群がり、審判も歩み寄ってきた。橘の選手一人がベンチに向かって両腕を掲げて〇を示したが、混乱する百合香が気づく余地はない。
「立て!! 楠葵一郎!!!!」
渾身の叫びは、小休止中のピッチ上のみならず、スタジアムの広範囲にも届くほどであった。
ポカンと見上げる両校の選手たちに気づき、慌てて日傘で顔を隠したが、もう遅い。身を小さくして傘の陰からそろっと瞳だけを覗かせると、ボールを抱えて仁王立ちする楠と目が合った。
が ん ば れ
声には出さずに口だけを大きく動かすと、彼は面食らった顔のまま、力強く頷いた。
審判に催促される中、ピッチに直った背番号1は、残り数秒の試合に向けて大きくボールを蹴り上げる。
空高く放たれたボールは、青色に吸いこまれるかのように小さくなり、消えていった。
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