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試合終了後、駆けつけた佳良に提示された写真に、百合香は倒れ伏しそうになった。
「……なによこれ」
「姉ちゃんが絶叫した瞬間。俺って、なかなか才能あると思わない? いきなり立ち上がるからさ、なんだと思ってカメラを向けたんだよね。あ、楠先輩は大丈夫みたいだよ。よかったね」
カメラを奪おうとしたが、佳良は機敏に身をかわした。「大丈夫! さすがにコレを文化祭に出したりはしないから。……ちょっと悩んだりするけどね。題名は……『真夏の炎天下で愛を叫ぶ!』かな?」
拳を振り上げると、弟は笑って走り出した。トイレに寄るという彼を待つために、グラウンド周辺をふらふらと歩き出す。河川敷沿いに建つグラウンドは小高い丘となり、辺りは緑の原っぱが一面に広がっていた。
丘の上から見下ろすグラウンドは白熱した試合の余韻は消え去り、片づけをする生徒が動いている姿が小さく見えた。明日――暑さで火照った頭でぼんやりと考える。
(明日、楠くんに聞いてみよう)
スピードに乗って突進してくる相手を前に、どうしてあんな勇敢に体を張れるのか?
サッカーを始めたキッカケは?
最初からキーパー志望だったのか?
何度も大声で指示を出していた広い背中を思い出す。いつも、隣を歩く体格のよい礼儀正しい堅物の同級生の、知らない一面が驚きを伴い記憶されていく。
(ちゃんと、聞いてみよう。私がひとり悶々としたって無意味だもの。どうして元気がないのかも、ちゃんと聞くの。……察しが悪いって思われるかもだけど)
答えが出たら、もやもやは減るだろう。
もやもやの後に、マイナスの感情が生まれたとしても、知らないよりはいい。
原っぱが広がるだけの開けた道でひとり決意を固める百合香は、背後で鳴った足音にびくっと身を縮こませた。
「あー、驚かせちゃった? ごめんねぇ。なんか、考えごとしてるみたいだったからさぁ」
「高校生? ひとり? かわいいね。こんなところでなにしてんの?」
いつの間にか背後に現れた二人連れの男は、揃いも揃ってガラの悪いシャツとビーサンが目についた。裾から半分だけ出ているシャツがだらしない。品定めするように、ゆっくりと距離を詰める様は、獲物に飛びかかろうとするハイエナじみていた。
「ちょ、そんなに怯えられると傷つくんですけど!」
「ひどいなぁ。ただ話しかけただけでしょー。……よければ、涼しい場所でボクたちともっとお話しない?」
金髪の方が茶化した口調で誘うと、もう一人のロン毛が手を叩いて大笑いした。シンバルを叩く猿の玩具が脳裏に浮かんだが、口も体も硬直して動かない。
緑一面だった景色が灰色にくすんだ感覚に陥り、なんとか数歩後退した。が、ヤニ下がった笑顔でじわじわと距離を詰める男たちに、有効な手段とは思えない。ねえってば――粘ついた声とともに伸ばされた手に、ようやく上げた悲鳴もじつにか細いものだった。
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