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「ど、どうですか?」
「う~ん。まだ、カタいなあ……。いつもみたいでいいの。自然に、普通に」
タチアオイを背景に直立する楠は、どう見ても不自然な笑顔である。元来、強面であるがゆえに、笑った時のギャップが魅力なのだが、無理矢理に笑った顔はむしろ怖さが増す。背後で揺れるカラフルな花々がミスマッチを助長しているのもマイナスだ。
楠が素直にカメラの前に立ったのは、「恋人」という単語に過剰反応したためだと、百合香は知る由もない。
――俺も見たい!!
このところの「今日の楠くん」報告会において、楠の笑顔が増えたと話したことが弟のカメラマン根性に火を点けた。
「彼女にしか見せない自然な笑顔、っての? そういうのを撮りたいんだよ!! もちろん、楠先輩はどんな時でもスバラシイよ。でも、隠れた一面っていうか、最高の笑顔の瞬間っていうかさ……」
力説する弟に押し切られ、強引にカメラを渡されたのは昨晩である。「猿でもできる」と、腹立たしい一言までもらい、撮影方法を教わったのだ。
「う~ん」
被写体の本質も良さも引き出せない、へっぽこカメラマンは、己の才能の無さを嘆くしかない。燦々と太陽が降り注ぐ中、カメラを構える女子高生と、花の前で必死で笑う屈強な男子一名は、異様な光景と化しつつある。
「……すみません。俺、写真は苦手で」
「ううん。あの子が無理なお願いをしたのが悪いの。俳優さんでもなきゃ、カメラの前で作り笑いなんかできないよ」
なにも悪くないのにしょげ返る姿がかわいいなと思いつつも、この気まずい空気のまま一学期最後となる彼との下校を終えるのは避けたかった。
「よし!」
色気ゼロの掛け声を上げ、佳良の愛用カメラはとりあえずしまいこんだ。かわりにバッグから取り出したものは、自分のスマホである。
「楠くん、寄って」
「はっ!!!!」
反射的にスマホを見上げた楠は、グワッと瞳と口を開いた。「こっ、これは……もしかして……」
自撮り!!――大きく叫んだ瞬間、シャッターが軽快な音を立てた。スマホに映し出された彼の顔は驚き一色で、笑顔とは程遠い。
「ふふ、いい顔」
「ま、待ってください! もう一度! 今度はきちんと笑います」
「いいの! ……楠くんの自然な笑顔は、私専用にしたいの。たやすくカメラに写せるものじゃないんだから。自撮りはね、してみたかったの。そういう……彼氏彼女みたいな、こと」
腕を伸ばしたまま石化する楠に、撮影した写真を送信した。ピロン、と、軽い音に素早く反応した彼は、大事そうに両手で抱えたスマホをじっと見つめている。眉間に皺を寄せた真剣な眼差しは、レーザーでも照射しそうな鋭さだ。
「いこう。止まってると暑くて溶けちゃいそう」
「はい!!」
暑さを跳ねのけそうな返事にまた笑いがこぼれる。歩き出しながら隣を見上げると、楠と視線がぶつかった。ふっとほどけた笑顔に「それそれ!!」と、内心でツッコミを入れた。
黒い短髪の向こうで、色鮮やかな大輪の花が笑っている。楠を上回る成長を見せた真っ赤なタチアオイが、青空を背景にして二人を見守っていた。
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