ホリホック見上げて

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 *  百合香と楠の出会いには、たしかに佳良が大きく関わっていた。  一ヶ月ほど前の六月中旬――梅雨の合間の蒸し暑い日曜日、姉弟は市民公園へと足を伸ばした。 「気が向いたら、モデルに撮ってやるよ」  写真部用の作品撮影に出かけるという弟に百合香も付き合った。友人たちは驚くが、姉弟は幼い頃からしょっちゅう一緒に出かける仲だ。 「いいなあ。あんな美少年な弟と仲良しで!」  瞳を輝かせる友人たちに教えてあげたい。  ナンパで声をかけてくる輩が佳良に熱い視線を注いでいることを。子供の頃、駄菓子屋のおばさんが、佳良にだけオマケを付けていたことを。 「なに?」  オーバーサイズのシャツに細身のパンツを合わせた弟は、より華奢に映る。ふわっとした茶色の髪も、夏なのに抜けるような白い肌も、人を惹きつけてやまない。 「……モデルなら、アンタの方が適任よ」 「なんで? 俺、姉ちゃんの顔が好きだし。俺もそういう『涼しい』系の顔立ちに生まれたかった! 百合香は父さん似でいいな。クセのない黒髪も綺麗で羨ましいよ!」  可憐な弟に羨望の眼差しで見つめられて苦笑するしかない。姉弟はまるで似ていなかった。小柄で可愛らしい顔立ちの母と、すっきりとした目元が特徴の父の、それぞれ良い面を受け継いだのは事実だ。 「今日は暑いね。私、飲み物、買ってくる。いつものでいい?」 「うん! 俺、内堀の方にいるよ。ちょうど見頃の花があるんだ」  新調したストローハットを目深にかぶり、笑顔で手を振る佳良に背を向けて歩き始めた。梅雨らしからぬ晴天の下、真夏日に近い気温のせいか人影はまばらだ。通学路でもある公園は、平日の朝夕は交差する人々がそれぞれの目的地に止まることなく進んでいる気がする。休日の午後は、ちょうど青空を漂う浮雲のように、のんびりと流れていた。 (佳良はいい子だなあ……)  青々と芝生が広がる広場近くの自販機前で、しみじみと実感した。自分用のダージリン、弟にはミルクティーをそれぞれ購入する。弟は顔立ちにふさわしく甘党だ。ペットボトル二本を手に、緑豊かな公園をぐるりと眺める。 (日焼け止め、塗ればよかったかなー)  パフスリーブの半袖ブラウスから伸びる二の腕を眺めて後悔するも、陽光にさらす解放感は悪くない。色白なのは佳良と同じで、そのことに虚しさよりも嬉しさが勝った。姉弟なのに似ていないことも、そんな姉の顔を好きだと言って憚らない素直な弟も、自分の中ではすべからく「善いもの」として位置付けられている。
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