ホリホック見上げて

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「君は、悪くない!」  びぃんと周囲を震わせるような鋭い声に、姉弟は揃って身を固くした。 「君は、なにも悪くない。そんな風に悲嘆するのはやめろ。外見云々についても、なんら恥じることなどない。君を立派に産んでくれた両親に感謝すべきだ。……俺は、無闇に人を傷つける輩が大嫌いだ。先ほどは、不審者を撃退するために少々、手荒な真似をしたが、本来はあのような行為は慎むべきだった」  衰えることのないトーンで述べられた声は、神かと疑うほどに重厚感ある低音だった。百合香の隣で同じように聞き入る佳良は、涙のせいで通常以上に瞳をキラキラと輝かせている。  楠は腕組みをした状態で蒼天を見上げており、その風貌はやはりサムライじみて見えた。敵を切り捨て、無常を憂う武士……といったところか。 「泣くな。あんなヤツのせいで、悲しみを背負うことなどない。君は、君のままでいい。君を、きちんと見つめてくれる人たちのためにも、泣いてはいけない。……そこにいる、ご(れい)()のためにも」  ごれいし?  聞き慣れない単語に首を傾げている間に、楠はくるりと方向転換した。 「あ、あのっ」 「気をつけて帰れ。人通りの多い道を選べよ」  颯爽と歩き始めた楠の足元で、耳障りな音が炸裂する。びちゃ、びちゃり……彼が進んだ後には、泥による灰色の足跡が形成されていく。  大きな背中が陽炎の向こうで揺れて見えなくなるまで、姉弟はその場を動くことができなかった。  翌日、佳良は、見事なまでに復活していた。 「おかわり!」  朝からご飯をおかわりし、小食の息子の変化に両親も驚いている。 「やめなさいよ。お腹を壊すわよ」 「大丈夫! 俺、でっかい男になるんだ! 体づくりは基本でしょ!」  わしわしと白米をかきこむ姿に、百合香は溜息をついた。単純明快……弟の長所であり短所でもある。 (落ちこむよりはいいか……)  グリーンレタスのサラダに箸を伸ばし、前向きに考える。あの大男――楠、か――とても、同い年には見えない。それに……。  ――君は、悪くない!  まっすぐな眼差しと、揺るぎない口調が蘇る。  百合香でさえ、あれほど強く佳良を肯定できたことはない。どこかで――心のどこかで、弟が見舞われる不幸を仕方ないと諦めていたのかもしれない。 「うー……」 「ほら見なさい。そんなに一気に食べたら苦しいに決まってるわよ」  椅子にもたれて腹をさする弟に、笑顔を向けられることが嬉しい。あんなことがあった後は、さすがの佳良も数日は浮かない顔をするのだから。抜けない棘を放置して、痛みをごまかし日々を取り繕うような、気の重い出来事でしかないのだから。  ――ご令姉のためにも。  楠の古風な言い回しを思い出し、食卓で噴き出してしまった。
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