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疲労困憊で帰宅すると、ご機嫌な様子の弟が部屋で待ち構えていた。
「素晴らしい! 素晴らしいよ!! さすが、俺の姉ちゃん!!」
「……アンタまで大きな声を出さないで」
ぐったりとベッドに伏した百合香の足元で、喜びを露に佳良が跳ねている。まったく、人の気も知らずに……楠からの告白を報告するや否や、弟は抱きつかんばかりの勢いで祝辞を述べてくれた。
「お友達よ、オトモダチ。いきなり、あんな濃ゆい人と付き合えるわけないでしょ」
「楠先輩、カッコいいなぁ……どこまで紳士なんだろ……女にがっつかないところがらしいよね。それでいて、真っ向勝負の告白……好きになりました、だって!! ああ、俺も聞きたかった!!」
両手で顔を覆ってはにかむ佳良に、思いきり枕をぶつけてやった。なんらダメージを受けぬ弟は、ライムグリーンと白のドット柄の枕を抱きしめ、恍惚の表情を浮かべている。
「そうだ、姉ちゃんにもデータを送ってあげるよ。欲しいだろ? 彼氏の写真」
「だから、彼氏じゃないってば。……なによ、写真?」
佳良は嬉々とした様子で首から提げたカメラを手に取った。父から譲り受けたデジタル一眼レフカメラはコンパクトサイズで、佳良がネットで購入した専用カバーに収まっている。マルチストライプのカバーはビビッドカラーで黒一色のカメラとの対比が鮮やかだ。
「今日、撮影させてもらったんだ! 好きなのあげるよ。あ、全部かな?」
「…………」
ディスプレイに表示された一枚目は、心底、困惑している楠のドアップであった。二枚目はツーショットで、弾けんばかりの笑顔で寄り添う弟と、盛大な「?」を浮かべる楠との対比が絶妙だ。
「アンタ、三年の教室でよくこんな傍若無人に振る舞えるわね」
「失礼だな。俺は礼儀正しいんだぞ! それに、先輩方はみんないい人なんだよ」
唇を尖らせる弟は、年長者から可愛がられる性質だ。屈託のない笑顔と、物怖じしない明るい性格とで、知らない上級生からもしょっちゅう声をかけられていた。
その証ともいえる三枚目の写真に、百合香は目が釘づけとなった。
「……誰が撮ったのよ、これ」
「三年三組の担任」
絶句する姉に向かい、弟は可憐に微笑んだ。佳良が魅了するのは上級生だけではない。小中と、教師もメロメロにしてきたものだ。
「まるで、集合写真じゃない……」
三枚目には、クラス中の男子生徒が写っている。佳良と楠を中心に、押し合いへし合いしてカメラに写りこもうとする高三生たちは、じつに楽しそうだ。
「あ」
二十人近く写りこむ被写体に、思いがけず見知った顔を発見した。
「どったの?」怪訝な表情で尋ねる弟には首を横に振り、カメラを返す。
(世間は狭いなあ……)
楠と「彼」は、クラスメイトだったのか。
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