ホリホック見上げて

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 恋にも成熟期間なんてものがあるのだろうか?  それまでの関係性がなんにせよ、互いの想いが通じ合い、晴れて恋人となれば、二人揃って気持ちを沸点まで高められるのか――? (……なんて、考えてる時点でアウトだよね)  自問に白けた百合香(ゆりか)は、回答を放棄して空を見上げた。太陽がまだ存分に余力を残す夏の夕方、世界は眩く輝いていた。市民の憩いの場である公園内には、下校中の学生や、犬を連れた人々が、長い影を引き連れて過ぎ去っていく。  そろそろかな、と、遠くを見つめて考える。すぐ先の内堀沿いに咲くタチアオイが、陽炎の向こうで揺れている。赤・白・ピンク・紫・黄色……背の高い花々はすっくと背筋を伸ばし、真夏に彩りを添えていた。  無意識にセーラー服の襟を正し、苦笑を漏らす。ふつう、こういう場面では、乙女はコンパクトを出して鏡とにらめっこしたり、髪型を直したりするものだ。それを、私ときたら――。 「百合香さん!」  低くもよく通る声が頭上から落とされた。  自分に覆い被さる影を見上げて、しばらく考える。  この恋に、甘く酔いしれる日が来るの? 「お待たせしました。……どうかしましたか?」  心配する声にも凛とハリがある。二十センチ近くも上にある、いかつい顔がきちんと曇っていることに安堵する私は嫌な女だろうか? 「私の乙女ポイントの低さを嘆いていたの。それだけ」  橋の欄干にもたれていた体を起こして、現れた「彼氏」に直る。  家康が晩年を過ごした城の遺構を二重の堀と石垣で囲った広大な公園は、外堀から内堀へと計四ヶ所の橋が架けられていた。百合香が通う聖陵女学院は東御門、彼が通う橘学園高校は西門が最寄りである。 「(くすのき)くん、遠回りになっちゃうよね。たまには、私が西門で待とうか?」 「いえ。自分、歩くのは苦ではないですから。部活を引退して、ただでさえ鈍ってますし。ちょうどいいです!」  二人は、私鉄とバスターミナルを備えた駅まで歩くのだが、楠の学校からは外堀沿いを南下する方が近いのだ。百合香を見下ろし、力強く宣言した彼に迷いはなく、素直に嬉しいと感じた……それを、可愛らしく表せばいいのだが。 「ありがと。じゃ、いこっか」  プリーツスカートを翻し、一歩を踏み出した。木製の橋に、黒のストラップシューズが軽快な音を奏でる。こんな風に小気味よく、感情を伝えられればいいのに。 「百合香さん!」  生真面目な声に振り返る。アーチを描く橋の中央辺りに立つ彼は、より大きく映る。半袖白シャツにグレーのスラックスという制服姿も、スクールバッグを肩に掛けていなければ、会社員に間違えられてもおかしくない。 「百合香さんは、乙女です! 純情可憐、まさにその言葉がふさわしい……乙女の中の、乙女です!!」  通行人が行き交う橋の上で、知り合って約一ヶ月目の『男友達』は、腹から声を張り上げた。
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