1.蛍

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 ふでさんというのは、勝っちゃんもとい近藤勇の養母のことだ。彼女はここーー天然理心流試衛館道場の師範・近藤周助の妻であり、勝っちゃんは近藤夫妻の養子として迎えられたのである。  勝っちゃんとはもう長い付き合いになるので、俺もふでさんとは何度も面識がある。特別美人というわけではないが、器量は悪くないし芯も強い、良い女だと思う。なにより料理が上手い。  ただ、多少面倒臭い部分があって、神経質というか、気に入らないことはとことん気に入らない性質(たち)らしく、勝っちゃん曰く怒らせると暫く手がつけられないということだ。  兎角、拾い癖のある勝っちゃんが今まで犬猫を拾ってきて、彼女が良い顔をしたことは一度だってありゃしない。  だから、今回も大目玉を喰らうことになるだろうと踏んでいたのだが。 「ーーまぁまぁ、貴女、こんな可愛らしい顔してたのね」  勝手場にいたふでさんに子供を見せると、呆気に取られたのも束の間。事情を説明するや否や、彼女は大慌てで作業を中断すると、子供を連れてどこかへ行ってしまった。  そしてあれよこれよという間に、子供を洗い、近所の家から拝借したというお古の着物を着せ、所々あった擦り傷を手当てし、終わった頃には子供は見違えるように清潔な(なり)になっていた。  泥んこで浅黒かった肌は汚れが落ち、色白で柔らかく、ボサボサだった頭髪も不揃いではあるが、洗われたことにより艶やかな射干玉になっている。相変わらず表情に色はないが、まるで人形みたいに整った顔立ちをしている。  てか、女だったんか、こいつ。  化けたな、と思って感心しながら見ていると、勝っちゃんも綺麗になったそいつを見て嬉しそうに笑っている。子供の方はうんともすんとも言わないが。 「すまないなぁ、ふでさん。俺の勝手な考えであんたにまで面倒かけて」 「慣れっこですよ。それより、謝るなら私より歳三さんに言って差し上げてくださいな。いつも巻き込んで……。あなたはいつも連れ帰ってくるだけで面倒は見ないんだから。歳三さんの方がよっぽどよく面倒を見てくれます。こないだ拾ってきた小鳥なんて、飛び立つまであなたより歳三さんの方に懐いてたでしょ」 「うっ。……すまないトシ」 「本当だよ」  ふでさんの鋭い眼光に睨まれて縮こまる勝っちゃん。まったく彼女の言う通りである。懐は大きい筈なんだが、受け入れるのはいいものの、その後のことを何も考えてないんだ、この人は。 「言いたいことは山ほどありますが、それよりこの子、お腹を空かせてるはずだわ。ご飯の準備をするから、それまで広間で待っていてちょうだい」
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