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2.ひとつ屋根の下
ある夏の日、身寄りのない女の子がウチにやってきた。
名前は蛍。土方さんが名付けたんだって。べつに貶しているわけではないけれど、いかにも風流好きなあの人が付けそうな名だ。
その日は朝から意地悪な兄弟子たちに嫌味を言われて一日中イラついてたってのもあるけど。ちなみにそいつらは夕方の稽古に付き合わせてきっちり報復したけど。
その子を見ていると、胸がもやっとした。
せっかく稽古で幾らばかりか発散できた心に、黒く澱んだ感情が蟠りのように浮かんできて、つい要らぬことを言ってしまった。……気がする。
その子が近藤家に身を置くことが決まった時も、俺は「へぇ、そうですか」なんて、お世辞にも歓迎的とは言えない態度を取っちゃったし。
おかげでその子は、俺のことがちょっぴり(?)苦手みたい。
♢
「宗次郎、もっとよく噛んで食べなさい」
「はぁい」
朝餉の時、皆が談笑する中、蛍はまだ慣れないのか、ご飯を食べながらそわそわしている。
いただきますもちゃんと言うし、話を振られれば答える。でも、それだけだ。自分から何か言葉を発することは殆どない。表情もあまり変わらないし。皆で笑って楽しくご飯ーーなんてのは、まだまだ遠い話なのかもしれない。まぁ、食事中に限ったことではないけど。
そもそも、この子はもともと喋らない子なのだろうか。それとも事情が事情であまり喋らなくなってしまったのだろうか。
この子がここに来た経緯は聞いている。なんとなくの事情も。一緒に暮らしている以上、大人たちから聞かされたし、俺自身も大体察せられる。けれど、思えばこの子の性格や好き嫌いも、俺は何にも知らない。
ふでさんや周助先生、勇先生ですら、もしかしたら分からないんじゃないかな。
「!…………」
無意識にじっと見ていたら、俺の視線に気づいた蛍は、目があった瞬間ぱっと顔を横に逸らしてしまった。
そんなつもりはないけど、睨んでると思ったのだろうか。俺べつに目つきは悪くない筈だけど。
好かれていないのは知っているけど、そんなに露骨に気まずそうにされちゃうと、さすがにちょっと良心が傷むな。
それから蛍は(俺の気のせいかもしれないけど)やや急ぎ気味で完食し、両手を合わせた。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「もう食べたの?ああ、片付けはいいのに。重たいでしょう。持っていける?」
「はい……持っていけます。ありがとうございます」
俺だって人の子だから、辛い思いをした子に優しくしたい気持ちはある。ーーでも、同時にむかむかする感情もやっぱりあって。
それに、第一、幼い子に対して接し方がわからないんだからどうしようもない。
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