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「恩、返し……?」
色のない瞳が、膝の上から覗いた。潤んでいるように見えるが、泣いているわけではない。ーー泣けないのかもしれない、と思った。
「何もできねえなんて当たり前だ、お前はまだ子供なんだから。子供のうちは何も気にせず、ただ思いっきり遊んで、笑って、泣いて過ごしてりゃいい。そんで成長してできるようになったら、育ててもらったやつに恩を返していきゃいいんだ」
「……でも」
「でももだってもねえよ。蛍、忘れんな。この世に生きてちゃいけねえやつなんていねえよ。どんな人間でも、みんな生きるために生まれてくるんだ。お前の周りのやつがなにを言っても、てめぇの生死はてめぇのもんなんだから」
「…………」
「生きたいんだろ?」
「…………生きてたら迷惑になる……」
「阿保!そうじゃねえ。お前自身はどうなんだ。生きてえと思ったんだろ?」
そう再び問いかけると、蛍はしばらく間を置いた後、ぎゅっと引き結んだ唇を、微かに開いては閉じを何度か繰り返す。そして、恐る恐る言葉を紡いだ。
「い、生きたい」
俺はその言葉が聞けたことに幾らか安堵して、そいつの頭にぽんと手を置く。ーーそうか、と。
蛍は押さえられてぺちゃんこになった前髪の隙間から、大きな瞳を覗かせて、たぶん満足げに笑みを湛えているであろう俺の顔を、やはり不思議そうに見上げていた。
「生きろよ、蛍」
「うん……」
それから暫くして、ふでさんが完成した料理を持ってやってきて、近藤一家と、総司と、蛍、それから俺で食卓を囲んだ。
蛍はやっぱり腹を空かせていたようで、初め躊躇いがちに口にしていたが、美味しかったのか、二口目から微かにだが目を輝かせ、夢中で食べていた。僅かではあるが初めて見れた子供らしい表情に、俺は心内で安心した。
そしてその間、周助さんの口から、蛍を正式にこの家で引き取るという旨が伝えられたのだった。
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