2.ひとつ屋根の下

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 まともに会話したのなんて、勇先生が連れてきた翌日に、ちょっとこの家の中を案内したくらいだ。いや、それだってただの業務連絡みたいなものだし、まともに喋ったとは言えないかも……。  俺も朝餉を食べ終えて、食後の稽古でもしようと回廊を道場目指して歩いていると、少し先に、床の拭き掃除をする蛍の姿を見つけて、思わず立ち止まった。  毎朝そうだ。朝餉の後の床掃除は、あの子の日課になりつつあった。べつに誰に言われたわけでもないらしいけれど、自分からふでさんに言って始めたらしい。掃除の他にもいろいろ手伝いをしているし。思い返せば見かける時はいつも何か家事の手伝いをしている気がする。  理由はなんとなく、わかる。俺もそうだったから。 「…………」  ああ、まただ。どうしてあの子を見ていると、こんなにむかむかするんだろう。  昔の自分の姿に重なるから?それとも単に、あの子の存在が気に入らないだけ?  わからない。でも、どちらにせよ、一つだけ言えることがある。  俺はそのまま、せっせと床を磨く蛍の方へ歩み寄ると、驚いた様子で顔を見上げた彼女に言い放った。 「ーーねえ、それ(、、)、やめなよ」  道場に足を踏み入れ、後ろ手に入り口の戸を閉めた途端。俺は「はぁ〜〜」という盛大なため息と一緒にその場にしゃがみ込んだ。文字通り頭を抱えて。  ーー失敗しちゃった。  ほんとは、もっと優しく、微笑みながら言うつもりだったのに。でもそんな気持ちとは裏腹に、実際の所は無表情・無感動に言い放ち、かなりぶっきらぼうな感じになってしまった。  蛍、固まってたな。無理もないけど。  やっぱり分からない、年下の女の子との接し方なんて。そもそも友だちだってできたことないんだし。 「なにやってんだ?宗次郎」 「あれ……来てたの土方さん」  どれくらい経ったかな。やや放心状態でしばらく頭を抱えていると、がらりと後ろの戸が開いて、振り返ると土方さんが仁王立ちしていた。  俺が気の抜けた返しをすると、土方さんは呆れたように顔を歪める。 「ああ、ついさっきな」 「最近よく来ますね。前もしつこく来てたけど、ここ最近は特に。そんなに蛍のことが気になるの?」 「しつこくは余計だ。べつに良いだろうが、何だって」  そう言って顔を逸らす。どうやら図星みたいだ。 「そんなことよりお前、またあいつに何か言ったみてぇだな」  一瞬責められたのかと思ったけど、ちらりと土方さんの顔を見上げると、怒っているというよりは「しょうがねえヤツだな」みたいな感じでこっちを見ていたので、俺も素直に受け入れられた。  むかつくけど、土方さんってこういうときの寄り添い方ってやつが上手いんだ。面倒見がいいから。 「蛍、落ち込んでた?」 「……『恩返しになると思っていろいろ手伝ってたけど、逆に迷惑になってるならどうすればいいのかわからない』だと」 「…………」  そう。床拭きを頑張る蛍に対し、俺は「迷惑だからやめろ」と言ったのだ。  俺が黙り込むと、土方さんは頭を掻いて、小さく溜息を吐き出した。 「まぁ、お前の言いてぇことはなんとなく分かるが。あいつは当然、お前の言葉そのままの意味で受け取ったみてえだぞ」
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