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時刻はちょうど、先程申の刻を回ったばかりである。夕餉の準備をしていたらしく、少し早いが、もうこのまま夕餉にしてしまうそうだ。ありがたいことに、俺までご相伴に預かることになった。
ふでさんに言われた通り、勝っちゃんと子供と三人、広間で適当に座って夕餉の支度を待つ。
「思いの外怒らなかったな、ふでさん」
障子の竪桟に寄り掛かるように、縁側にどかりと腰を下ろして投げかけると、同じく腰を下ろした勝っちゃんが、これまた能天気に笑って首肯する。
「ああ。安心した」
「まぁ取り敢えずはだが」
いろいろ言いたげではあったものの、文句の一つも言わずに世話を焼いてくれるとは意外だった。流石の彼女も、人の子とあっては受け入れる他ないらしい。後でどんな小言を言われるかはわからないが(勝っちゃんが)。まぁ、俺の知ったこっちゃない。
つーか、これじゃあ俺が同伴した意味はとくになかったな。
などと思いつつ、先程から一言も発さない子供にちらと視線を向ける。
子供はやはり無表情で、広間には大人しくついてきたものの、部屋の中心辺り、俺らから距離をおいた位置でぼうっと突っ立っている。目が合わないし、何を考えているのかさっぱりわからない。ただ、伸びた前髪の隙間から覗く瞳は、相変わらず光を宿していなかった。
「……なぁ勝っちゃん、鋏あるか?」
「鋏?」
俺の唐突な問いに首を傾げつつも、勝っちゃんは「よっこらせ」などとおっさん臭い掛け声と共に立ち上がり、箪笥の引き出しを漁った。小さい引き出しの箱から取り出されたそれを受け取ると、俺は子供を振り返って手招きした。
「おい、こっちへ来い」
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