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俺の呼び声に、子供はそろりと顔を上げた。色のない瞳を瞬かせて、躊躇うような仕草を見せたので、再度手招きすると、漸くおずおずとこちらにやってくる。
「ここへ座んな。髪切ってやっから」
「お!いいなぁ」
そう言って俺が指差したのは、俺の真ん前だ。子供はその場所と俺の顔を交互に見つめた後、躊躇いがちではあったが、促されるままにそこへ座った。
髪を切るといっても、毛先を整える程度だが。あと前髪は長すぎて目にかかっているから、少し短くする。せっかくの綺麗な黒髪なのに、ぼさぼさのまんまじゃ勿体ねえからな。「よし切るぞ」と一応一声をかけて、細く艶やかな子供の髪に鋏を入れていく。
「お前、名は何てんだ?」
「…………」
訊ねても、子供は無言で首を横に振るだけ。いや、全然答えになってねえんだが。何に対しての否定だ。
困って「勝っちゃん」と助けを求めるが、それに対してやつも首を横に振るだけ。どうやら勝っちゃんも名は聞いていないらしい。聞いとけ。
出かけた帰りの道すがら見つけたから連れてきたと言ってたが、本当に見つけて拾ってきただけなんだな。おかげでこいつの事情も、何もかもわかりゃしねえ。自分で喋ろうともしないし。先程くしゅんと小さな声を出してくしゃみをしていたので、声が出せないわけではないだろうが。
「もしかして、名が無いのか?」
ふと思い当たってそう問いかけると、少しの間の後、こくりと首肯が返ってきた。
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