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まじかよ、と俺は絶句した。名が無いなんて、いよいよ相当な訳ありじゃねえか。
「名が無いのか……。よし!それじゃあ俺がつけてやろうかな」
勝っちゃんは相変わらず能天気だし。しかも、うーんと唸って捻り出した名前は、「松子」だの「梅子」だの「竹子」だの、どれも本当に考えたのか?と疑う適当っぷりである。松竹梅なんて誰でも真っ先に思いつきそうなものを。
しかし、呼び名が無いんじゃ不便なのも事実で。
「…………」
じっと、目の前にある子供の後頭部に視線を落とす。
「ーー蛍」
「?」
俺の唐突な言葉に反応して、振り向いた子供の大きな丸い瞳が、こちらを不思議そうに見上げた。
真っ昏で色を写さないその瞳は、夜だ。頑なに喋ろうとしないこいつの性は、夜の静けさに似ている。そして目を離せばふわっとどこかへ消えてしまいそうな儚さは、最近そこらを飛び始めた、淡い光を放つ蟲のようだ。暗闇でぼうっと浮かぶ白い肌も。
「どうだ?〝蛍〟。お前の名だ」
我ながら名案だと得意げに問いかけると、子供の口が小さく動き、ほたる、と音をなぞるのが分かった。
「蛍か、いいなぁ」
勝っちゃんがうんうんと頷いて笑う。そうだろ。あんたの考えたものに比べれば上出来だと思う。
「じゃ、決まりだな。お前は今日から蛍だ」
そう言うと、子供はこくりと頷く。頬が微かに赤らんで、喜んでいるのだろうか。硬かった表紙が、微かだが緩んだ気がした。
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