1.蛍

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「勇先生が……?」  胡乱げに眉根を寄せて、宗次郎はじっと蛍を目を眇めて見た。 「引き取るって、そのままここに住まわせるってことですか?」 「それを今協議中なんじゃねえか?まぁ少なくとも、決まるまではここで預かる筈だぜ」 「へぇ……勇先生もお人好しだなぁ。ただでさえ貧乏なのに、こんな小さな子供ーーよりによって働き手にならない女の子を預かるなんて。穀潰しもいいところじゃないですか」  その言葉に、びく、と蛍が反応したのがわかった。色のなかった瞳が、さらに死んでいくように思えた。 「宗次郎」  咎めるように名を呼んで、鋭く睨む。穀潰しで肩を震わせたってことは、そういうことだろ。  宗次郎も気づいたはずだが。それでも他でもない俺に咎められたのが気に入らないのか、敬愛する勝っちゃんの身を案じてか、毅然とした態度で、己の言葉を撤回することはなかった。  俺はチッ、と舌打ちを投げる。 「ったく……」 「でも本当のことでしょ?俺、間違ったことは言ってません」  宗次郎は口をへの字に曲げると、ふいっと横を向いてしまった。ーーガキが。  自然と溜息が溢れる。  たしかに宗次郎が言うように、試衛館はお世辞にも裕福とは言い難い。もし仮に蛍をこのまま預かることになったとして、べつに幼い子供一人くらい養えるだろうが、生活に余裕がないことは確かだ。  それでも、わざわざこいつのいる目の前で言う必要はある訳ない。蛍にとってしたら、せっかく差し伸べてもらった手だってのに、肩身の狭い思いをすることになっちまう。 「はぁ……もういい。お前、取り敢えず着替えてこいよ。汗臭え格好のまま飯食うつもりか?」 「わかってますよ。あんたに言われなくてもそうするつもりだったし」 「へぇそうかい」  しっしっ、と猫を払うように手首を振ると、宗次郎はべ、と舌を出してから、広間を横切って着替えに行ってしまった。  ぶん殴ってやりたいところだが、俺に対するあいつの態度はいつもこんなもんだ。今更どうとも思わないのと、言いようのない脱力感で応戦する気も起きず、無視を決め込むことにした。 「すまねえな、蛍。あいつは根は悪い奴じゃねえ筈なんだが。ただ勝っちゃんーーお前を拾ってきたやつのことが異常に好きで、奴なりに心配してるだけなんだと思う」  だからお前のことが気に入らねえとかそう言うわけではないなどと説明を入れるが、子供の表情は晴れなかった。 「……わたし…………」  すると、ずっと暗い顔をしていた蛍が、不意に口を開いた。 「どうした?」 「迷惑、かけたくない……」
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