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「あとは冒頭のイメージから、炊飯鍋の説明の間に一文欲しいんだ、未来ちゃん。」
石原に言われて、未来は納得した。
「だから、あの間。」
「うん。上手くつなげて欲しい。」
「時間的には、2秒くらいですか?」
「そう、2秒。出てきたもの見て、どう差し込むかはみんなで決めよう。」
石原はピースサインを出しながら、メンバーの顔を見渡した。
次回の打ち合わせは、青島が出張から帰ってくる日の午後だ。
「未来ちゃんはコピーに取り掛かってくれていいよ。こっちは15秒バージョンやら、もろもろすることあるから。」
「分かりました。この映像は貰えますか?」
「ああ。みんなに送ろう。」
石原の返事を聞いて、未来はいつもそうしているように、ノートを広げて、電子辞書を机に置いた。
それから送られてきた映像を、未来は見返し始めると、感じるままに言葉を書き留めていく。
それから、そこに並んだ単語ひとつひとつを、電子辞書で調べ始めた。
今回の仕事は、少し辛いな。
自分自身から出てきた言葉は、目の前の映像と先日の出張で久しぶりに見た懐かしい情景から感じたもので、どうしても子供の頃を思い出してしまう。
すっかり忘れていたつもりでいた生まれ育ったあの場所は、足を踏み入れた途端に、知っている場所だと未来に教えてくれた。
それと同時に、家族から距離を置いてしまうようになったことを、考えずにはいられなくて、心が重くなる。
突然、携帯のバイブ音が聞こえてきて、未来は現実に引き戻された。
仕事用の携帯に表示される番号は、知らないものだった。
「はい。中西です。」
僅かな間が、未来を緊張させた。
「…中西?宮下です。」
思いがけない相手は、遠慮がちに名乗った。
「宮下君?どうかした?」
驚いた様子の未来の声に、会議室で仕事をしていたメンバーは一斉に聞き耳を立てる。
「突然ごめん。仕事中だったかな?こっちは休憩中で、それで思い立って…。」
「名刺に携帯の番号が書いてあったから。」
宮下がなぜ電話をしてきたのか分からなかったが、電話が繋がったこの瞬間でさえ、その声に迷いがあるように感じられた。
「炊飯鍋の仕事をしてるところよ。ちょっと考え込んでしまっていたから、良かった。どうしたの?」
「用があるってわけじゃないんだ。ただ、こっちへ来て、その上俺と会ったことで、昔のこと思い出して憂鬱になってるんじゃないか気になって。」
高校時代に何度も救われた宮下の優しさに、久しぶりに触れた未来は、ぽろっと一粒、頬をつたった涙を慌てて拭った。
「宮下君、ありがとう。あの頃と変わらないね。」
宮下からの電話は切ない気持ちにさせたが、それよりも嬉しい気持ちの方が大きくて、未来の心は軽くなるようだった。
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