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「せっかく電話貰ったんだから、ひとつ聞いてもいいかな。」
「何?なんでも聞いて。」
「この間、開発秘話はいろいろ聞いたけど、炊飯鍋を作る時に1番こだわったのは何?」
電話の向こうの宮下の様子は分からないが、少し間があって、そうだなぁと宮下が言った。
「釜戸で炊いたようなご飯って、良く聞くだろ?やっぱりそれなんだ。俺も食べたことなかったんだけど、プロジェクトが立ち上がって、食べる機会があって。」
うん、と未来は相槌を打ちながら、宮下の話に耳を傾ける。
「本当に美味しかったんだ。昔は当たり前だったはずなのに、今となっては貴重なその工程や空間も、全部で美味しいと思った。」
「でもその後、すぐに打ちのめされたよ。家電メーカーが作る高級炊飯器のご飯も、本当に美味しくてさ。炊飯鍋なんて本当に作れるのかって、自信なくした。」
しかし、それを克服した宮下の声は、明るい。
「でも、出来た。」
未来は言った。
「うん。」
「宮下君、話せて良かった。私も頑張るよ。宮下君の炊飯鍋の良さが、たくさんの人に伝わるように。」
「ああ、頼むよ。何か聞きたいことがあったら、いつでも電話してきて。さすがに昔のように明日なって会えないからさ。」
「うん、そうだね。またね。」
電話を切った未来は机の上を片付けると、席を立って振り返った。
そして、そこにいた3人と目が合ってしまい、慌てて頭を下げた。
「ごめんなさい。電話、うるさかったですね。」
「こっちは大丈夫だけど、未来は大丈夫なの?」
涼子が言われて、未来は笑顔で頷いた。
「はい。涼子さんのデザインと石原さんの映像が凄く良くて、そればかりに気を取られてしまっていたけど、美味しいご飯が炊けるっていうことを伝えないといけないですもんね。」
「私、電器屋さんに寄ってから帰ります。」
はりきってそう言った未来に、3人はそれ以上何も聞けずに、そのまま見送るしかなかった。
それから何事もなかったかのように、15秒バージョンの編集を続けていたのだが、痺れを切らしたように口を開いたのは、石原だった。
「仕事の話で、掛かってきた電話じゃなかったよな?」
「そうですね。それに何だか近いんだよな、距離感が。」
和田の返事も、歯切れが悪い。
「でも最後は、仕事の話で終わってたわよ。」
涼子は2人を牽制するように言ったが、表情は硬い。
「何の話だ。」
いつの間にか会議室の入り口に立っていた青島に、皆驚いてしまい、和田に至っては椅子から飛び上がらんばかりだった。
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