其々

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其々

「本音を言わせて貰えば、黄金(こがね)色の田んぼを撮影したかったな。」 石原はボヤいたが、こればっかりはどうしようもない。 そんな風景が見られるのは、半年も後だ。 「南の方だと、ゴールデンウィーク明けに収穫時期を迎える所もあるみたいですよ。」 和田が、石原をからかうように言った。 「青い海と稲穂か。新しくていいかもな。社長、ロケ許してくれるかな。」 「馬鹿言わないで。どうせ石原さんのことだから、もうとっておきの映像を手に入れてるんでしょ。」 涼子(りょうこ)は呆れたように2人のやりとりに割って入ったが、その口振りに棘はない。 案の定、石原は得意げにノートパソコンの画面を皆の方へ向けると、おもむろにエンターキーを押した。 そこに映し出されたのは、全てが茜色に染まった世界だった。 うろこ雲が広がる高い空も、たわわに実った揺れる稲穂もあぜ道も、同じ色調で輝く景色は、美しくてどこか寂しい。 そしてその風景の中を、まるで見ている者が歩いているかのようなカメラワークで映像は進んでいき、 古民家の扉が開いたところに、炊飯鍋が映し出された。 やがて真っ白なツヤのあるご飯をよそった、湯気立つお茶碗が差し出された。 「召し上がれ。」 未来(みき)は、自分が思わず言葉を発したかと思ったが、その声は野太かった。 咄嗟に石原の方を振り向くと、涼子と和田も同じように石原を見ていた。 「見入っていたのに、今ので台無しですよ。」 和田が言う。 「まだ映像だけだからさ、ナレーション入れてあげたんだよ。」 石原はすました顔で言いながら、最初から動画をスタートさせた。 「私、自分が声を出してしまったのかと思いました。」 「まだその方が良かったよ。」 未来が言うと、和田は笑った。 「冒頭の風景って、寂しさも感じないか?だからBGMは少しだけ明るさを感じさせる物にしようと思うんだけど、どうだろう。」 石原が言うと、画面を見たままの和田が答えた。 「そうですねぇ。言われてみると、日曜日の夕方を連想しないでもない。この美しさを引き立てる旋律って、バイオリンかな。」 そうだなぁ、と石原は呟いた。 映像は社名が表示されて、停止した。 「これが30秒バージョンだ。どうだ?」 石原の問いかけに、皆は一様に頷く。 「いいと思います。一見、お米の広告を思わせるけど、炊飯鍋の良さもちゃんと伝わる。」 涼子の言葉に、石原は満足そうだ。
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