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「覚えていますか?」
重松弘がコーヒーを飲み終え窓の外を眺めていると、城崎拓哉が隣に立ち徐に訊いてきた。
座間警察署捜査課の一室だ。2人して、丹沢山系の雄大な景色を眺める。
「何をだい?」
彼に視線を向けながら、重松が訊き返す。
「あれは何年前でしたっけ? その右腕の傷……」
「ああ、あの時の……」
知らず知らずのうちに、前腕をさすっていたようだ。そこには古傷がある。
「30年以上経ちましたかね? 私はあの時から、重松さんを警察官の手本として追いかけてきました」
「おいおい、大げさだなぁ」
苦笑する重松。だが、城崎は真面目な顔で続けた。
「警察は犯罪者を取り締まるだけではない。人を救うのも仕事なんだ、と。あの時の少年は、道を踏み外すことなく成長していることでしょう」
「え? 何があったんですか?」
不意に後ろから声がかかった。芳本京花巡査。今年から配属された新人女性刑事だ。何事にも一生懸命で頑張り屋なので、まわりを元気にしてくれる貴重な存在となっている。
城崎が視線を向けてきた。話して良いか、重松に確かめているようだ。
時折袖をまくると見えるので、同僚の多くはこの傷を知っているだろう。彼女も気にしていたのかもしれない。
重松は近々定年を迎える。娘以上に歳の離れた京花がどう思うかわからないが、隠すことでもない。軽く頷いた。
「あれは、確か××年の夏だったな……」
城崎が懐かしそうに話を始めた。
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