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 数日後、重松は監察のために呼び出しを受け、神奈川県警察本部へ赴いた。  監察官室に入ると、目の前には3名が並んで座っている。対面にイス。そこに座るように促された。まるで取り調べだ。実質その通りなのだが……。  「監察官の片桐恒彦です」  中央に座る男性が言った。非常に鋭い目つき、冷徹さを感じさせる表情だった。その名を聞き、重松は表情に出さないものの内心驚いた。  県警監察官室の氷の刃――その異名は広く知れ渡っている。  鋭利な刃物のごとく、規律違反の警察官を容赦なく斬る男。不正を微塵も許さず、誰であろうと苛烈に断罪する。  片桐はキャリアだ。警察庁から派遣され、いずれはそこへ戻り日本の警察組織の中心の一人となる男に違いない。神奈川県警の監察官室に一時期身を置くのは、警察庁長官官房首席監察官の任に着くのを目指しているからではないか、と言われている。  それほどの男が、地方の所轄にいる老刑事の監察を……。  息苦しさを覚えるほど緊張した。そのため、他の2人も名乗ったが頭に入ってこなかった。  「まず最初に、これですが……」  片桐の手に冊子があった。それをデスクに叩きつけるように置く。バンッという音が響き、重松は思わず身震いした。  「芳本京花という巡査が発起人らしいですが、あなたがどれだけ信頼の置ける人物かを訴え、監察の対象となるのは間違っていると記され、100名を超える警察官の署名がしてあります」  京花の顔が思い浮かんだ。彼女は本当に署名を集め、提出したのか……。  「芳本巡査には、あなたからも言っておいてください。このような物で監察に影響を及ぼすことなどあり得ない、と。我々は明らかになった事実のみを判断の基準とします。署名など、例え何万人集めたとしても無意味です」  キッパリと言い放つ片桐。両隣にいる2人の監察官達が、一瞬哀れみのような視線を重松に向けた。  そして右の男性が「本題に入りましょう」と告げる。左の男が頷き、質問を開始した。
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