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倉木医師は毅然として対応し、要請に応えることはなかった。するとアクアは、別の小さな医院の言いなりになる医師のもとに、入院させなかった患者を連れて行った。
倉木医院で入院を拒否されたため悪化した、という偽りの診断書を書かせるためだ。それを元に、アクアは顧問弁護士を使って倉木医師を訴えた。協力しないなら訴訟に持ち込んであわよくば賠償金を得よう。そこまでいかなくても、悪評を怖れて示談金くらい払うはずだ、という算段があったのだろう。
「アクアが悪徳企業かどうかは、今は関係ありません。あなたは、本来外へ漏らすべきでない、アクアに関する捜査情報を流した。その行為について、あなた自身はどう思いますか?」
右の男が切り込んでくるような口調で言った。中央に座る片桐の目が、ぎらりと光ったような気がする。このように、左右の男がきびしく詰問し、片桐はそれを見据える、という感じでやり取りは進む。
「倉木医師は悩んでいました。常からの医療行為だけならともかく、裁判への対応や、密かに続けられる嫌がらせ行為等で疲弊の色も濃かった。彼は地域の医療や福祉の要でもありました。個人病院ながら数名の医師を率い、入院病棟も持ち、近隣の高齢者や障害を持つ方達などを率先して受け入れていた。倉木医院がトラブルに巻き込まれるということは、あの地域に住む人々にとっても大きな災厄でした。なので、倉木医師一人を助けるということだけではなく、地域の治安を揺るがす悪徳業者への対抗措置として、協力関係を築く必要があると考えました」
「それを判断するのは、あなた個人の役割ではない」
「もちろん、課長にも事情を伝えました。事後報告にはなりましたが」
「事前に話をし、判断は然るべき立場の人間に委ねるべきだった、と思いませんか?」
確かにその通りだ。しかし、その時倉木医師は限界を迎えていた。すぐにも、踏ん張ればいずれアクアを検挙する流れがくると励ましたかったのだ。実際、倉木はその後しっかりと裁判の場で悪意ある訴えに立ちむかっている。捜査課も徹底的にアクアを追求し、代表者の検挙も視野に入ってきた。
「職務規定上はそうだと思います。しかし、その時は、そうすべきだと確信しました。それは、私の個人的信条によるものであるのは確かです。それをどう捉えるかはお任せします。違反行為として何らかの処分が必要とされたなら、従います」
そう応えるしかなかった。重松は真っ直ぐに片桐を見つめる。彼も強い眼光で見つめ返してきた。
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