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理由はさっき言ったさ。
恋人ができた。
まあ、俺とあんたらは明日から他人さ。
せいせいする。携帯の番号を知っているやつもいるが、ほうらこの通りさ。
これを飲みたい奴がいたら遠慮はするな。こいつは俺からのおごりなんだから。名付けてオリジナルカクテル【バー・ムーンライトの結末】、だ。
(そう言って年は若いがいかれたマスターが差し出したのは大きなカクテルグラスに真っ二つに折られた携帯が沈むマティーニだった)
明日からはあんたらと関係ないから話すよ。
全く変な話でね、俺はある人からお願い事をされたのさ。
子供を預かって欲しいってさ。まあ…大概こういう話のお願いってのはお願いじゃないんだよ。
お願い聞けなきゃアレしてアレんなってアレアレってなもんになるよな連中から【お願い】された訳だから俺は引き受けたさ。
子供は可愛い。自分に懐くならもっと可愛い。それが自分の子供なら食べちゃいたい。
でも大きな子供は可愛くない。俺が可愛いなあと嘘ではなく心底思えるのは精々二歳位だし、お袋もそう言っていた。後は大概ぶっ飛ばしてやりてえと思うから、子供は絶対他人の子供に限る。…さっきそう言ったろ?だけどさ、どう思うよ。
自分よりでかくて年上の子供のお守りなんか誰ができる?お袋に預かってもらう?冗談じゃねえや、お袋の貞操がアブねえだろ。
…ここは笑うんだよお馬鹿さん共。全く俺がワンポイントレッスンをしてやっていたのに相変わらず空気が読めねえな。だから世の中でのうのうと生きていけるんだな。羨ましいよ。
ともかく俺はおっさんを預かった。無口だった。いいや、無口でもねえかな。頭は悪い方じゃねえ、ただ、あんまり人間らしくはなかった。
容姿がどうとかではなくて中身さ。外見はそれなりにマッチョでフケ専のギャルならアラタイプ、って言うんじゃねえかな。
俺はまず、その男に名前を聞いた。
そうするとその男はにやっと笑っておぎゃーと鳴いた。
飯だと言うとあぎゃ、と言った。
そうか、この男はそういうつもりか。余計な事を言わないようにそういうお遊びをしようってことか。
ならいいさ、余計な事を知らなくて済むから。
この男のおぎゃーは、都合が悪いことやなにもいいたくないとき、あとはNO、だった。
あぎゃーはYESだった。
つまりお願いした連中もそのお遊びを知った上で子供だと茶化したんだ。
なんだよ赤子じゃねえんだから。男の背中には彫り物があった。狒狒の首だったと思う。でも真っ赤だったから、それが本当に狒狒だったのか解らない。
俺は男をヒヒと呼んだ。男は懐かしそうにあぎゃ。と言った。もしかしたらその呼び名は男が言葉を封印した前の呼び名だったのかもしれねえな。
ともかく妙な共同生活が始まった。時々連中がヒヒを連れ出す。そんな時のヒヒは偉そうな口を聞いた。
あいつはどうなった、まだアレは終わらねえのか。連中はペコペコしていた。俺は子供じゃねえヒヒを見てはなんだかつまらねえと思った。俺と口を聞くときはおぎゃーと
あぎゃーなのに。人間のあいつは全くつまらねえ。なにも知らない子供のヒヒは朧気で可愛い。
あいつは関係ないのがいい。
なんにも心配しないでおぎゃ、あぎゃ言っていればいいのに。
そういう気持ちになるってどう思う?変態?今言った奴は後で便所にきやがれ。
…まあいいや。そんなある日、ヒヒが酔っ払って帰ってきた。柄にもなくパリッとしたスーツに髪を整えて、連中に肩を貸してもらって帰ってきた。大丈夫かよ、と思わず呟くとヒヒはノリコ、と寝言を言った。それを連中の一人が、嗚呼一人がよ。ヒヒの口を手で押さえやがった。それがなんともいかがわしい光景で、俺は妄想しちゃった。俺が、ヒヒの唇を触りたいって。
そして連中が帰った後、俺は寝入ったヒヒを抱いた。最初?うん、びっくりしてたなハハハ。でも後から人間の言葉で「もっとしてくれ」と懇願したよ。熱っぽくさ。俺とヒヒはそうして恋人になった訳だ。おしまい。でもまあ、連中はきっと承知してくれねえだろうから遠い町で二人で幸せに暮らすのさ。
そうさ、あいつにはなんの関係もないことさ。
世界がどうだとか、
自分がどうだとか、
ここが今どんな状態であるだなんて
「関係のない話さ、ハハハ」
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