カナリヤを白日の空に曝せ

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 実家は曾祖父の代から続く名家で、地元ではちょっとした有名人な私達。  事業が順風満帆な父。清楚で穏やかな母。ちょっと生意気だけど可愛い弟。そして私。  幸せな家族、なんだと思う。  「こんにちは奥様」  「こんにちは、お変わりはありませんか?」  まるで貴族のような口調は、思春期の私には気恥ずかしくて、俯きがちだった。  実家で定期的に開かれるパーティーは、子どもの頃から苦手だ。  「こんにちは、カホ莉さん。もうすっかり大人になられて」  「こ、こんにちは」  「もう高校生ですものね」  「奥様そっくり。将来は素敵なご婦人になられますわね」  口々に大人達が私に話しかけてくる。  あちこちから声がして、目眩がする。  「すいません、ちょっと失礼します・・・」  そう言って私は、広間から逃げ出した。  「素敵なご婦人って・・・」  鯉が揺らめく鮮やかな池を眺めながら呟く。整備が行き届いた和風の庭園は静かで、部屋の中とは別世界のようだ。  「君らが羨ましいよ」  ゆらゆら泳ぐ鯉を見つめる。  「君らみたいに、自由に生きていきたいよ・・・」  そう言って池に手を伸ばそうとすると、人の気配を感じた。  「カホ莉」  振り向くと母が立っていた。  「大丈夫?」  「うん、大丈夫・・・ごめんなさい」  気まずくて、顔を背ける。  「・・・いい加減、慣れなきゃ」  「・・・わかってるけど・・・」  上手く言えなくて黙ってしまう私に、母は隣に屈んで言う。  「お母さんも昔は苦手だったの、パーティー。結婚してもしばらく慣れなかった」  「そうなの?全然そう見えない」  「結婚してから、たくさん勉強したからね・・・」  そう言って遠くを見つめる母。私は何故か心がざわついた。  「おい」  母が振り返る。父がこちらに歩いて来る。  「こんな所で何をしている。お客様を放ったらかして」  「ごめんなさい、あなた」  「早く戻れ!みっともない!」  そう怒鳴る父に、母は謝りながら近付く。  私は父を睨む。でも父は気付かず戻って行った。  「・・・あんな言い方するほどの事?」  「お父さんは、自分にも他人にも厳しい人だから」  そう言って父を庇う母。あの男が外に何人の愛人を作っているのか、母も知らないわけではないのに。  庭から室内を眺めると、別人のようにニコニコしながら出席者と話す父が見えた。  「そろそろ戻りましょう、カホ莉」  「・・・なんで」  「え?」  「なんでお母さんは、あんなお父さんと結婚したの?」  池の鯉が跳ねて、水音が響く。  「・・・そのうち分かるわ」  そう言って母は微笑む。    その表情にまた、心がざわつく。  「あー!お母さんと姉ちゃん、こんな所にいた!」  大きな声に驚いて振り返ると、弟のヨウ汰が走って来る。  「2人でサボってるー。ずるいなー」  「うるさいなぁ、今から戻るよ」  「スズ絵おばさんが来てるよ。早く行かないと」  「あら大変!すぐ行くわ」  母はそう言うとヨウ汰と共に屋敷に戻って行った。  それから程無くして、母が病に倒れた。
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