ササヤカな糸

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いつまで探す気ですか。 消えた記憶を遡ってみて 魂の底、眠る扉を 開くことなど出来るのでしょうか。 「ノリちゃん、ボクと結婚しようよ」 そう言った女の子は 自分のことをボクと呼んでいた。 俺は自分をノリちゃんと呼んでた黒歴史を 母にいじられ続けている。 あれ? 女やなくて男やったっけ?? 「ばあちゃん、この子ボクって言ってたやんな?」 「そうそう。ボクちゃんの名前何て言うん?って聞いたら女の子の名前やったからビックリしてん」 笑った丸い顔が可愛かった。 「あかん。名前が思い出されへん……」 「フルーツっぽい名前やったと思うんやけどねえ」 果物? いちご、りんご、みかん。ちゃうな。 もも、ゆず、うめ。でもない。 思い出せずにモヤモヤする。 「あかん。わからん」 「そこの結婚式場あるやろ?式のある日はうっとり眺めてたんが可愛かったなあ」 「俺も一緒に?」 「ノリちゃんは興味なさそうに見てたんやで(笑)」 お手々つないで嬉しそうやったと言われて 覚えてなくても小っ恥ずかしい。 現場に行けば何か思い出すかもと 一人で外に出た。 歩いて数分のところにある結婚式場。 今日は式はないようで 噴水の水が出たり止まったりするのを じっと見つめる。 昔は毎日ライトアップされてたはず。 水面を覗くと沈む照明を見つけた。 やっぱりな。 遊んでたんはこの公園やんな。 道を渡った公園には気持ち程度の遊具があり クローバー畑だったはずだが 芝生の方が面積が広くなっていた。 芝生に座って式場を見ると 結婚式を挙げていた日に 扉が開いて新郎新婦がキスをしたシーンが うっすら頭をよぎる。 それを見て俺もやろう、と思った気がする。 弟の隆人も俺にちゅーってして来る。 幼い子供なりの愛情表現の一つ。 さすがに口と口はあかんと止めてる。 止める人がおらんかったら? 右手で口を覆う。 やってへんよな? いや、まあ、別に小さい頃のことを ファーストキスがどうとかは思わんけど。 やってへん……よな。 違うモヤモヤが増えたところで 祖母の家に戻った。 まだ段ボールの中身で遊んでいた隆人が 「これなあに?」と 六文銭が描かれたお守りを持ってきた。 「それは真田幸村のお守りやな」 「さだだ?」 「めっちゃ強い武将なんやで」 一時期ハマっていた戦国ゲームの影響で 真田幸村の終焉の地と呼ばれる神社に行って 何年か前に買ったもの。 母が懐かしそうにお守りを見た後 「元の神社に返しといで」と 俺に渡した。 「え、記念品やから別にええやん」 「あかん。期限過ぎたやつはちゃんと返すねん」 「マジで?」 「置いときたいなら新しいの買っといで」 何度かそんなやり取りをした後 渋々と神社へ向かった。
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