ササヤカな糸

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探すのをやめた時 見つかる事もよくある話で 忘れようと蓋をしては 胸の奥でくすぶり続けた。 中学生の春休みに見掛けた子も アルバムの中にいた子も 結局は手掛かりさえ残ってなかった。 欲しいものは見つけた時に 捕まえておくべきやと痛感したのに 高校生になっても同じ失敗を繰り返した。 成長せぇへんな、俺は。 心が揺さぶられるような出会いは そうそう起こるものではないと 薄っぺらい恋愛をする度に痛感する。 高校を出て海外で生活している間は 勉強や仕事や暮らしそのものに必死で 恋愛とは縁薄く生きてた。 大学を出て働き始めてしばらくして パートナーがおったらええなと 思うようになったけど 日本に帰るつもりはなかった。 知り合いの家に呼ばれた時 噴水のある広い公園が近くにあって 子供たちが遊ぶ姿を見てたら 懐かしい自分の記憶がよぎった。 黒目がちな大きな瞳を思い出す。 手掛かりなしに日本に戻って探すのは さすがにちょっと冒険が過ぎるやろ。 行くべきか。 迷いを残したまま 日本にいる家族に連絡したら 珍しく弟の隆人が電話に出た。 「お兄ちゃん、お母さんが……」 「オカンがどないしたん?」 「お母さんが……入院した」 「は?」 風邪も引かんような人が入院したと 隆人が声を震わせて言うから 大慌てで帰国した。 病気自体は手術をして治ったものの 仕事人間の父とまだ中学生の隆人には 精神的ダメージが大きかった。 病状の説明を受けたり 入退院の手続きをしたり 結局は俺が全部をこなした。 「別に帰って来んでも良かったのに」 可愛げなく言う母が少し痩せていて 落ち着くまでは日本にいようと決めた。 その頃には女の子のことはすっかり忘れて 仕事を探していた。 日本のサラリーマンを経験しとくのも 悪くないやろ。 海外生活が長かったせいか 女性を褒めてエスコートする癖が抜けず 会社で働くようになってからは 高校の時以来のモテ期を迎えた。 どんなに積極的な子でも 日本人特有の恥じらいや気遣いがあって 俺の恋という名の下心を刺激する。 公私ともに充実した毎日やと思ってたある日。 仕事で取引先を訪問した時 女神みたいな子がフラッと現れた。 名前は間宮実結(まみやみゆ)。 あの日と同じトキメキを覚えた。 初めて会った瞬間に 今度こそ逃したらあかんと思った。 追い掛けても逃げるんやけど 放っておくと寂しそうにする。 時々 猫みたいに腕の中で甘える。 もう絶対に逃がさへん。 捕まえるまでに時間が掛かったし 何より目の前の実結が愛しくて 俺は過去を探すのを完全にやめた。
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