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未来から
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「信じてくれないかもしれないですけど、僕は今から百年後の未来からやってきました。詳しいことは言えないんですが、あなたは未来でヒーローと呼ばれることになるんですよ、松田聡さん」
喫茶店で向かい合って座っている例の少年──緑川奏多と名乗った──は真剣な顔でそう言った。
信号待ちで意味深な言葉を聞き、俺はまた彼の方へ振り向いてしまった。時間ありますか? と聞かれ、少しならと答えて店に入った。次の営業先とのアポの約束までちょうど一時間くらいの余裕があったからだ。
しかし、こんな荒唐無稽な話をされるとは思わなかった。彼の頼んだアイスコーヒー代さえ出してやるのをためらいたくなる。
「あのねえ……。俺は自分で言うのもなんだけど、なんの取り柄もない男だよ? この俺が百年後にも名を残すヒーローに? そんなの信じられるわけないよ」
「変わるんです」
穏やかだが確信のこもった声で奏多が言った。
「あなたは、この時代で過去の僕と出会って未来を良い方向へ変えることになるんです。僕もあなたに救われました。でも過去の僕はまだ小さくて、あなたにお礼を言う事ができませんでした。ですから未来からこうしてわざわざお礼をしにきたんです」
「待ってくれ」
俺は混乱をアイスコーヒーと共にいったん体内に流し込んだ。
「君は百年後から来たんだろう? 百年前に子供だったんなら、今の君は何歳なんだ」
「僕は十八歳です。ちょっと訳あって僕は長い間眠っていましてね。まあ、その辺りは説明すると長くなってしまうので」
「じゃあ君はタイムマシンか何かに乗ってきたのか?」
「そういうことになります」
タイムマシンという言い方がおかしかったのか、彼はクスッと笑った。
「俺は何をしてヒーローになったんだ?」
「未来のことについては言えない決まりになっているので、説明することはできません。ただ──未来にとって、とても重要なことをしてくれました」
やっぱり信用できない。
この少年をどうしようかと思っていると、彼は真剣な表情で「お礼をさせてください」と言った。
「僕は今日のあなたの行動を知っています。あなたのことは全て調べて来ましたから。僕の言うことを信じてくれれば、今日のあなたに降りかかる災難を回避することができます」
「今日の俺の……災難? なんだよ、それ」
俺は気持ちが悪くなって席を立とうとした。
すると奏多は腕につけた古そうな時計をチラリと見た。
「まだここにいた方がいいですよ。あと五分で雨が降り出します。ゲリラ豪雨で、二十分ほどは動けません」
その「まさか」が起きたのは、それから五分を経過した頃だった。
奏多の言う通りにゲリラ豪雨が街を襲ったのだ。
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