どんぐりごま

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『ねえ、覚えてる?』  そう、目の前の女の子に訊かれた気がした。     ☆    〇    ☆   僕の通っている学校……渚ヶ丘学園のボランティア部は、割と部員がいる。  活動は、ボランティアの依頼を受け、ボランティアに行くことだ。  ボランティア部の部員である僕は、渚ヶ丘学園から歩いて二十分ほどの、ほたる児童館に向かっていた。  一人で。  なんで割と部員がいる部活の活動なのに一人なのか。  それは僕が今からしに行くボランティアに行きたいって人が僕しかいないからだ。    僕は、ほたる児童館で、自然観察のボランティアをしている。  ほたる児童館の裏手にある大きめの丘のある公園で、自然観察を小学生たちと一緒にする……という内容だ。  今回で三回目である。    赤い屋根のほたる児童館の建物についた。  僕は自動ドアを入り、小学生用の小さめの下駄箱に自分の靴を入れた。 「あ、智洋くん、きてくれてありがとう〜」  入るとすぐに出てきたのは、この児童館の先生である、梨田さんだ。  多分25歳くらいで、にこにこしている。きっと優しい。  きっとじゃなくて実際優しい。梨田さんとはこの児童館のボランティアよりも前から知り合いというかご近所さんで、だから結構前からお互いに知っている。  児童館の一番奥のピアノを眺めながら僕は訊いた。 「今日は何人くらい来そうですか?」 「多分三人かな」 「三人……まあもう三回目だし、飽きちゃった人も多いですかね」 「まあ……そうかも。でもね、楽しみにしてる人がいるから、もう少しお願いしたいの」 「はい」  僕はうなずいて、低いテーブルの横の座布団に座った。 「なんか大人っぽくなったね〜智洋くん」  そんな僕の横顔を見て、梨田さんは言った。 「そんなことは、絶対ないです。あるとしたら老けてる説があります」 「えー、そんなことないよ〜美月ちゃんとてけてけ歩いて頃と比べたらすんごい違うよ」 「そうですね、それは違いますね」  僕は少しぶっきらぼうに返してしまった。  美月。  もう三年も会っていない幼馴染だ。  自然観察教室が始まる時間になったら、梨田さんの言う通り、三人が来た。  全員、見たことのある女子小学生だった。  仲良し三人組っていうやつかな。  早速四人で公園に行った。  今は秋。  公園にはどんぐりがたくさん転がっていて、潰れてさらにすりつぶされた粉みたいになってるやつもある。  今日の自然観察教室の内容は、どんぐりのこまを作ることだ。  バランスのいいどんぐりを見つけて、穴を開けてそこに爪楊枝を刺す。  まあそれだけだと物足りない気がするけど、こんなのんびりした公園の中にいるんだから、物足りないくらいがちょうどいいと思う。  どんぐりごまを作るってなった時に面白いことに、仲良し三人組は、みんなで協力して長く回るこまを作ろうとし始めた。  どうだろ、普通ならそれぞれでこまを作って、誰が一番長く回るかをバトルしたりする気がする。  でも、僕にとっては、仲良し三人組のやり方の方が、心地よかった。   「五秒くらいしか回んないねー」 「うん、そうだねー」 「智洋先生何かコツとか知ってますかー?」  公園の中のベンチと机があるところで、何度もどんぐりごまを回していた三人が、僕に訊いてきた。 「どうだろ、多分爪楊枝がまっすぐ刺さってないんじゃないかな」 「あ、なるほどー、まっすぐ刺してみます!」  そう言って、水色が好きな、いつも水色基調の服を着ている子が、爪楊枝をまっすぐに刺し直す。  ていねいにランドセルから三角定規を出してまで正確に刺そうとしている。  そして、刺し終わった後、回すと……。 「すごい!」 「クルンクルン回ってるー!」 「周り方もふらふらしてなくてきれいだねー」  幸いなことに僕のアドバイスが役に立ったようで、どんぐりごまは綺麗に回った。  そして、三人から智洋先生はすごいです! と褒められて、これまた心地よくなった。    それからも少しどんぐりごまを回していると、 「あ、楽しそうなことしてる〜」  一人、僕たちのところにやってきた。 「あ、こんにちはー」 「四人めだねー」 「智洋先生合わせたら五人だよー」  後から来た一人も、どんぐりごまを作って回し始めた。  なんか上手くて、1回目から綺麗に回っている。  ☆    〇    ☆  五時になると、小学生は帰る時間だ。  仲良し三人組は、手を振って公園を出て行った。  残ったのは後から来た人と、僕だけ。 「君は帰らないの?」    そう訊くのが普通の流れかもしれない。  けど、僕はそうはしない。  僕は、目の前に座っている、僕と同い年くらいの女の子を見つめた。  『ねえ、覚えてる? 私のこと』  どんぐりごまをいじりながら、そう、女の子が僕に訊いた気がした。  そうだな、こう話しかけてみよう。 「久しぶり、美月」    僕の声が届くと、女の子は、面白そうにどんぐりごまをくるっと回してから、僕を見た。 「なんだ、覚えててくれたんだ」 「まあ……うん。ちょっと変わってたけど、ちゃんと思い出せたよ」  僕は久しぶりに会った、美月にそう返した。  三年前よりも大人っぽくて、可愛いと美しいのハーモニーがすごい。  きっと、まだ回り続けている美月の作ったどんぐりごまのように、絶妙なバランスなんだろう。 「智洋、こんなことしてたんだね」 「あ、ああ……まあ、ボランティア部ってのに入っててさ、それでこの自然観察教室をやってるのは僕だけなんだよね」 「ふぅん、なるほどね」  美月はにこにこしながら僕を見つめてきた。 「美月こそ……最近はどんな感じ? テニスとか」 「楽しくやってるよ〜」 「相変わらずすごいな、去年はどこまで行ったんだっけ」 「全国ベスト16だよ」 「いややっぱすごいな」  僕がそう言うと、照れ隠しなのか、美月は止まっていたどんぐりごまをまた回した。  テニスが強い高校に行って寮生活をしているはずの美月が、高三になってどうしてこんなところに来たんだろう。  それが不思議だった。    それからしばらく何も話さずにどんぐりに囲まれて。  五時半くらいになった時に美月が立ちあがった。 「そろそろ……行こうかな」 「うん……あの、美月」 「どうした?」 「……どうして今日ここに来たの?」 「懐かしいからかな……昔一緒にここで遊んだじゃん、智洋と」 「あ、それはそうだけど」 「あの時は、もっと私のこと見てくれたのに」 「え?」 「ううん、まあしょうがないのかな、なんでもない」  美月は僕よりも先に歩いて公園の出口を出た。  道路にもどんぐりはたくさん転がっている。 「美月、あの……怒ってるの?」 「怒ってる……かも、うん。怒ってる……」  なんでだ……。  と言おうとして、だけどやめた。  心当たりはある。  ちらっと美月が言っていた通り、僕は美月のことをあんまり、見ていないかもしれない。  次の日、僕はまたほたる児童館に向かっていた。  昨日あれから公園とほたる児童館のちょうど真ん中くらいで美月と別れ。  それからぼんやりとしていたせいで、筆箱を忘れてしまったのだ。 「あ、智洋くん〜。もしかして筆箱取りに来た?」 「あ、はい」  入るとすぐに梨田さんが僕の行動を読んで来た。 「あ、これね」 「はい、ありがとうございます」  僕は梨田さんから筆箱を受け取る。 「そう言えば、昨日、ここに美月ちゃん来たよ」 「え?」  公園に来ただけじゃなくて、ほたる児童館にも来てたのか、美月。  まあほたる児童館も、僕と美月が小学生の頃お世話になったところだ。  美月も懐かしいと思ったから訪れたのかもしれない。 「美月ちゃんと会ったよね?」 「昨日……公園で会いました」 「ちゃんとしゃべれた?」 「まあ……」 「でも、美月ちゃんめっちゃ色々言ってたよ」 「え?」 「昨日自然観察教室終わった智洋くんがここに帰って来たあと、美月ちゃんが来てね」 「え、僕と別れた後だったのか……」  しかも僕とは時間をずらして。 「なんかね。智洋がぎこちなくなってるよー、なんで嫌われてるのかな……みたいに言ってたよ」 「まあ……それは久々でしたし」 「まあそうね。でも女子小学生と話してるときはにこにこしてるのに私との時はそんなにだったからロリコンなんじゃないかとも言ってたよ」 「まじですか……そんなつもりはなかったんだけど」  でもそうなってるって言われたら、実際そうなんだろうなとは思う。  まあ、美月といると、自分がしょぼすぎてつい情けなくなって、気持ちが暗くなってしまうからな。  似たようなことは多くの人が経験しているかもしれないし、ありがちかもしれない。  けど、不意打ちに三年ぶりってなると、なかなか難しい。 「ふーん。そっか。でもね、そんなに智洋くんが自信をなくすことはないんじゃない?」 「それは初めて言われましたね……でも、それは置いといても、美月とは、さすがにちょっとぎこちなさすぎたかな……」  僕は思った。最近あんまり美月のこと考えてなかったな、ほんとに。  今度テニスの全国大会があるはずだ。  幼馴染の全国という大舞台だ。  ……応援にでも行ってみるか。  そう思った。    テニスの全国大会の会場は、東京の都心、とある埋立地の上だった。  かなり遠く感じたけど、実際は、一時間と少しで最寄り駅まで着くことができた。  今日は女子の全国大会があるらしく、たくさんのテニスウェアを着た女子が歩いていた。  僕はその中を静かに、時折空を見上げて歩き、会場まで行った。  テニスコートが沢山あり、その周りに少し観客が座れるところがある。  一番目立つところにある運営窓口みたいなところには、トーナメント表が貼ってあった。  僕は腕時計を見た。  見てもあんまり意味ないか。  僕はあたりを見回した。  人があまりに多い。  正直、適当に歩くしかないかも。  そう思って、僕はぐるぐる歩き回っていた。  あ、これ、不審者だと思われそうだな。  そう思った時、小さな後ろ姿を見つけた。  僕はその後ろ姿を目指して歩く。  そしてその人の少し離れたところ……でも隣って言ってもいいくらいのところに座った。 「美月」 「え、えええ、なんでいるの?」 「まあ来たかったから」 「そう……私のこと探してたの?」 「探してたよ」  探すのは大変だった。  運営窓口のトーナメント表には、選手の名前と、一回戦の開始時刻とコート番号が書いてあった。  だから開始時刻の少し前に、試合があるコートに行けば選手とは会えるだろう。  でも、この人数で、選手ではない美月を探すのはなかなか大変だった。  美月は、テニスウェアを着ていなかった。  僕と美月が沈黙の中並んで座っていると、目の前のコートで一回戦が始まった。 「あの人、一緒の部活の子」 「そうか」  なるほどな、だからここにいるのか。もう少し僕に推理能力があれば、美月と同じ高校の選手がいるかチェックしてもっと簡単に美月と会えたかもしれない。  てか、試合のレベル高いな……。  僕の高校のテニス部で部内戦かなんかやってるところをたまに見るけど、なんかそれと比べてすごい戦いを繰り広げてる気がする。  当たり前か、全国大会なんだし。  美月と同じ高校の人の方が劣勢だった。  というか相手がすごい。身長が百八十センチくらいありそうだ。 「どんまいどんまい!」  僕の隣で美月が声を出している。  僕も出そうかと思ったけど、突然見知らぬ人に応援されるとペース狂うだろうし、やめとこうと思った。  結局、美月と同じ高校の人は、負けてしまった。 「ほんとまじありがと〜ね美月。あと彼氏さんも!」 「彼氏じゃないよ!」  美月と美月と同じ高校の人が何やらしゃべっている。  僕は少し離れたところにいて、スマホをいじっていた。  検索しているのは、関東大会のトーナメント表。関東大会のベスト8以上が全国大会に出場できることになってて、今年の美月の結果は、ベスト16。美月の全国大会出場をあと一歩のところで阻んだのは、まさかの今、美月と話してる人だった。  強豪校だと、同じの高校の人同士で潰し合うこともあるんだなあ。  そんなことを考えていると、美月とその人はお互いに手を振って別れてるところだった。 「おまたせ」 「ああ、うん」  まだ午前中だ。 「帰ろ」 「ああ」  まあなんというか、元気ないな……。  当たり前っちゃ当たり前か。去年は立てた全国という舞台に今年は立てなかったのだから。  前を歩いている美月に声をかけた。 「えらいな美月は」 「何が?」 「だって、今日応援に来てたし、ていうか美月以外応援に来てなかったよな」 「まあねー。うちの部活、結構部内のライバル意識強いからね〜。団体戦の時はすごい団結するけど個人戦だとこんな感じだよ」 「なるほどな……」 「ま、私はちゃんと応援来たから確かにえらいかも」 「うん」  絶対悔しいのに、応援に来て、ちゃんと声も出して。えらい。  だけど。 「美月ってそんなにえらい子だったっけ?」  僕の知ってる美月じゃないと感じていた。三年会わないうちに大人になったんだなあと思っていたけれど、やっぱり、昔美月と仲良く遊んでいた頃を思い出す。  まず、普段の遊びの時から負けず嫌いだった。  僕にゲームで負けると怒り出すし、勝つまでやるし、コントローラーかちゃかちゃやって気を散らそうするし。  テニスの試合だって小学生の頃からジュニアの大会に出てたけど、負けたらわんわん泣くし、なぜか僕をぽかぽか叩くし、そのまま夜までゲームに僕を付き合わせてずっと愚痴ってるし。  僕から見て美月はすごい幼馴染だ。  けど、それは美月が完璧だからそう思うのではない。  完璧なのは絶対おかしい。それくらいは最近会っていない幼馴染にでも、わかる。  だから三年ぶりに会った幼馴染の美月がまだ美月のまんまでいてくれているのなら。  美月が振り返る。  その表情を見て、僕はほっとした。 「わかる? 私は毎日朝練もトレーニングもちゃんとやってるのにのほほんとお昼と放課後だけ花乃は参加するわけ。それなのにセンスがあるのかどんどん上手くなってあ、来年は抜かれるかもなって思ったら直接私倒して全国行くし! まじ辛いのわかる?」 「わかるよ」  さっき3回くらい似たようなこと言ってたしな。  駅の前に喫茶店を発見したので、僕と美月はそこに入った。  そこで美月はやっと完璧に戻ったのかもしれない。 「ていうか花乃全国決まったらさらにほっとしたのかだらけててさ、まあ練習はそこそこ来てたけど絶対太ってて動き鈍くなってるし、今日の相手だって私だったら勝てたんじゃないかとか考えちゃうわけ。で、そういうこと考える私って超性格悪いよねって自分で自分に突っ込むじゃん。そしたらもっと悲しくなって泣いちゃうの」 「なるほどなるほど」  美月は僕にいいたい放題言っている。  今まで溜まった分があるからな。しょうがない。全然嫌な気持ちはしない。  それでもしばらくすると、だんだん口数が少なくなってきた。 「ねえ、なんでだろうね」 「何が?」 「なんかすっきりした」 「愚痴ったからじゃない?」 「……そうだよね。ごめん」 「いや、僕、やっぱ美月といるといいなって思った」 「なんで……うざくないの?」 「うざくないよ。少しもうざくない」 「……ありがと。やっぱり智洋だね」  美月はなぜか僕と少し目を逸らしてそう言い、ポケットを探った。  出てきたのはどんぐりごま。  この前作ったやつだ。  美月はそれを回す。  前は綺麗に回ってたけど、今はゆらゆら回っている。 「なんかあんまり回んなくなった」 「まあ、時間が経ってるからどんぐりの重心だって変わってるだろうし。前は無理して綺麗に回ってたんじゃない?」  床と擦れて、止まりかけてるどんぐりごまを見て、僕はそう言った。 「どんぐりが無理して頑張るわけないじゃんウケる」  美月はそう笑って返した。  今の笑顔はなんかほっとする美月の笑顔だよな。  当たり前だけど。 「これからも時々会いたい」 「え?」  僕が突然言いすぎたからか、美月は笑顔から驚きの顔になった。 「いいよ。会お会お。ていうかめっちゃ会おう!」 「おっけー」  僕はなんだか晴れ晴れした気持ちになった。  そんな僕の様子を見て少し不思議そうな顔をしながら、美月はどんぐりごまを大切そうにポケットにしまった。
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