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ニナ
「いや、断じてそれは違う。」
雨野は明確に否定した。もはやゾンビが現実のものとなった今、雨野にとっての希望は決して生き残ることではなかった。
「じゃあ、誰を探してるんです?」
「ニナ。」雨野はポツリと答えた。
「ニナ。ニナさんっていう人を探してるんですね。もしかして雨野さんの恋人ですか?」
「いや、断じてそれは違う。」
同じ台詞で雨野が否定したのは、ニナが雨野の恋人だというところのようだった。
「私はニナに片想いをしている。」
雨野は恥ずかしげもなく、何だか惚れ惚れするほどにはっきりとユミに向かって言った。
「なるほど...。生きてると良いですね。」
「いや、ニナは噛まれたよ。この目で見たからそれは確かです。今ごろゾンビになってあのキャンパスの中にいるはず。」
「えっ...。」
想い人がゾンビになってしまうのを目にするなんて、どんなに辛いことだろうか。ユミは雨野がゾンビになったニナを眠らせてやるために、ニナを探しているのだと理解した。
しかし、雨野の意図は違っていた。
「私はニナを見つけて、ニナに噛まれたいんだ。そして一緒にゾンビとなって永遠に生きてみたい。」
狂気の沙汰だとユミは思った。つい先ほどまで自分もワンピース姿でゾンビと踊ることを妄想していのだけれど、それは一旦棚に置いて、生きる見込みがあるのにゾンビになりたいなどと言うのは狂っていると思う。
「ともかく、我々の目的は一致している。私はニナを見つけるため、君は生き残るため、一緒にキャンパスに入ってゾンビ研に向かう。それで良いよね?」
※ ※ ※
ユミは雨野に手を引かれてゾンビの群れの中を走った。金属バットでゾンビを打ち払いつつ、致命的な脳への攻撃は避けている。
「不要な殺生はしない主義なんだ。」
ゾンビはもう死んでるんじゃないかと思いながら、ユミにはそれを口にする余裕もなかった。血飛沫が散り、足下が滑る。マンションの上から見た牧歌的な景色とはまるで違って、地上は地獄だった。ゾンビ学者というからには何かゾンビの群れを掻い潜る術があるのだとばかり思っていたが、雨野はニナに噛まれたいあまりに半狂乱でバット片手に突き進むのみだった。
やっとのことでキャンパスの門に辿り着くと、ユミと雨野はゾンビ研に迎え入れられた。ゾンビ研は他のキャンパスと区切られた農学部の敷地を占拠して、塀の上には雨傘のバリケードを築いていた。
「ここ、すごいですね。」
安心したからか、ユミに疲れがどっと押し寄せた。
「もしゾンビハザードが起こったら、農学部に立て篭もる計画を事前に立てていたからな。ここはメインキャンパスから独立しているし、何より敷地内に畑があるから食料にも困らない。」
そう説明するのはゾンビ研のリーダーの阿久津であった。阿久津は法学部らしい。こんな人格者がゾンビ研にいるなんて、ユミは想像していなかった。
「でもどうして塀の上に傘なんか並べてるんです?」
「大学に立て篭もるっていったら、雨傘じゃないですか。それに風向きによっては薬剤がこっちに来てしまうので。作物にかからないようにという配慮もあります。」
建築科の佐々木が言った。聞くところによると、ゾンビハザードに耐え得る建築の研究をしているらしい。薬剤というのはゾンビの活動を抑えるためのものだった。この世界で最も安全な場所と雨野が言うのもあながち間違っていないかもしれない。総勢20名余りのゾンビ研は日頃から皆あまりに真剣にゾンビについて考えていたようだった。
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