シャンソォーンの夕べ

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廃墟に降る雨はどうして氷水のように心に刺さり身体を火照らせるのだろうか。そうだ、人体は冷えすぎると発熱して防衛するのだ。容赦なく戸板を鞭打つ雨だれ。その乱打音が銃撃戦を彷彿させる。つい昨日の様だ。ボロボロに朽ちた看板の時間が停まっている。戦意高揚のコンサート。たかがピアノの連弾ごときで敗色を払拭できるものか。それでも主催者が強行したのは厭戦気分の裏返し。つまり、ヤケクソだ。そして人類は神に敗れた。 祖のしもべたる侵略機械は今日も生存者を掃討している。 土砂降りになってきた。雨に煙るコンサートホール跡。演奏できる楽器などもうこの世にない。 彼女は基礎だけになったステージで喉を震わせる。誰のためにだって、決まってるじゃないか。オーブに抗う有志のためだ。彼女は朗々とあの神の宣言を歌い上げる。 にわか作りの救護テント、満身創痍と予後不良と心拍停止と看護師が錯綜する通路。新旧入り乱れた銃器の林。それが一斉に振り下ろされ沈黙が広がる。 彼女も一礼して深々と戦場の息吹を吸い込む。 一拍、おいて、負け犬の遠吠えがはじまった。 ♪ ♪ ♪ 神が突然降臨し人類に課題を与えた。以下のルールでデスゲームを行え。拒否はできない。 人類は慌てふためきプレイを開始した。 週一回に多数決をとり、70%を超えた場合、少数派は死亡。 70%超えなかった場合、少数派の半分がランダムで死亡。 95%を超えた場合、多数派の30%がランダムで死亡。 50%の場合、ランダムで30%死亡。 ※死亡人数は切り捨て。 ※死亡確定した人はオーブに表示される。他人には見えない。一週間以内に死亡。 ※死亡回避した人を殺害することで、自分の死亡を回避できる。 一人一人にオーブが出現 周囲100名単位で多数決を行う。 満たない場合はその人数で行う。 質問内容はオーブから直接脳内に送られる。 自称神が出題。 どちらに入れたかは他人にはわからない。 最後の一人になった者が神となり、世界を作り直せる。 人口の2%に偽オーブが支給。 偽オーブ所有者は、一日に一人以上殺害すること。できなかった場合は自分の死亡。 偽オーブ所有者は多数決では死なない。 偽オーブ所有者が0人になった場合は、ゲーム終了。 偽オーブ所有者以外の死亡がリセット。 再スタート時の人口の2%に再度偽オーブが支給される。 オーブと偽オーブの区別は、他人には絶対につかない。 オーブ所有者が偽オーブ所有者を殺したときは、その人数分多数決の死亡回避ができる。 初期人口の3割に達したとき、偽オーブ所有者が人口の5%以上だった場合はオーブ所有者は全滅。 偽オーブ所有者には一つだけ願いがかなえられる。 全員一致で世界を元に戻すを選択するとすべてがなかったことになる。 神になることも可能。複数人いた場合はランダムで選出し、残り全員死亡。 この過酷な条件で田中真紀が生き残った。あたしは女性陣唯一の生存者 ♪ ♪ ♪ 第一楽章が終わるとサーチライトが雨を薙ぎ払う。 そして、真希を三原色が取り囲む。 芝居がかった仕草で彼女は抒情する。 虚空に燐光が凝縮し黒光りする球体になった。人々の視線が集中する。 それは微動だにせず自然の恵みをはじいている。しぶきが天に唾を吐き表面を迂回して集合し濡れそぼったビームを地面に注ぐ。 ざあざあ、ざあああああ。 真希のドレスが肌にはりついている。 「オーブよ! それは私の歌です。全てのオーブを愛し、そして慈しむ。彼らは私の歌をお客様から直接聞かせるために降り続けるのです! さあ、歌を歌い終えた時、彼らの中が狂喜の声で満たされるのを感じない日はない!」 彼女はステージの中央で歌い上げるためのコードを書き終えた。 それを見て、オーブは何も言えなくなった。言い訳のように、彼女はぽつりと呟く。 「本当はあなたは本当にあたしの為に動いてくれたんだ。それはわかってる。だけどさ、あたしはただの馬鹿なんだよ。この舞台の為に……」 オーブは彼女のことを馬鹿だと思っていても、彼女との間に確執があるのだろうと、彼女を馬鹿だと感じている。 「本当にやめて欲しいの?」 彼女は声を震わせている。オーブはかすかに頷いた。 「本当はオーブは馬鹿なんかじゃなかった。本当に何も知らなかった。この場所が世界の全てと言うことを知らずに、ただ単に音楽を聞いたというだけいるだけ。あたしを馬鹿だと思っていても、あたしはあなたが音楽をしているのは本当のことなのだと信じる。それはオーブも一緒なんだよ。あなたは音楽をやっている。あなたはオーブの様に音楽の中で生きているんだ。それはわかってる。けど……」 「それはやってない。あたしは音楽をしないでって言ってるんだよ」 オーブは涙で滲む目で彼女を見た。 「あたしはあたしだよっ! あなたは音楽をやらないであたしをバカだと思っているけど、それはそれで間違ってると思うんだ。あたしはただ音楽をやる為に生きてるんじゃないんだよっ! あなたはただ、ただ、音楽をする為に生きているだけなんだ。……だからこの気持ちだけは否定させないから」 オーブは涙の理由を知っていた。彼女の目から隠れてしまうくらいに光り輝く涙だった。 「あたしはあなたが音楽をやることを否定したんだ」 オーブは彼女が何か言う前に言葉で答えた。 「それは音楽が好きでやっていて当たり前のことではないって思うと、あたしは音楽をやらないって思ったからじゃないかな」 「当たり前に音楽をしていたらそれでいいんじゃないかなって――思ったから、そういう気持ちになっただけで」 「あたしは音楽をやらないであって欲しいけど、それは当たり前のことじゃない。あたしはあたしは音楽をできないと思う。音楽が好きで、音楽のために生きていることが当たり前のことじゃないと思うからかなり当たり前に音楽をやってるよ」 「だから、私はあなたが音楽をやろうと思っても音楽がしたい訳じゃなくてね」 彼女は続けて言葉を発する。 「あたしは音楽が出来なくても音楽がやってきたって当たり前じゃないって思うんだよ。音楽が出来なくても音楽が好きだし、音楽を好きになればなるほど音楽になる。音楽が好きだからって音楽をやってこなかって当たり前じゃないんだ。あたしは音楽をやらなかったから音楽を聴いたり歌ったりすることはできない。歌も歌も歌ってしまえば何を歌っているのかってことなんだし、歌って歌って歌うんだ」 彼女は歌を聞くと心の声が聞こえるからか? 僕は彼女の想いに答えたいと言う気持ちもあって、敢えて言葉として発した。 「あたしは音楽が好きじゃないから。音楽を好きではないから」 彼女はそのまま彼女の想いのままを続けた。 「だから、君があたしの為にしていってくれていること――そうやってその想いを、伝えようと思って……」 そして、彼女は言った。 「あたしは、あの時音楽がしたいって思ってあなたを好きになった。あなたはあたしを好きになってくれてありがとうって言ってくれてたんだよね?」 彼女は目を潤ませていた。涙は止まることを…。 神の宣告が下された当日。国連安全保障理事会が緊急招集された。常任理事国はルールの提示を人道に対する罪と認定。犯人を見つけ出し然るべき処罰を可及的速やかに下すもしくは人道犯罪に屈せず断固戦う決意を確認した。 公共の福祉を増進するために同士討ちは許されない、と結論。 同時に有数の頭脳が世界中からオンラインで集結した。 まず、一方的契約の吟味。 一見、複雑怪奇に見えるが試行が全人類規模、おおよそ七十億例ともなると標準分布の域に収まる。つまり生きるか死ぬかのランダムウォークである。なぜならルール中に乱数が導入されているからだ。問題はその質である。疑似乱数によるものかカオス的なふるまいをするのか定義されていない。 それならばモンテカルロシミュレーションを用いずとも死亡率は自然死と同等になる。 この事が量子コンピュータを用いた地球シミュレーションで確かめられた。 あとは攻略である。 人口の2%に偽オーブが支給されるのなら陰謀論的人口削減策を用いて間引けばよい。ここで核のボタンが押され、平和的全面核戦争が勃発した。 各国は訓練された冷戦を生き残り、生存者を全世界人口の2%とした。 オーブの真贋を観測する手段はないが2%に必ず偽オーブが支給される手はずになっている。そして2%は打ち合わせ通り殺し合いを始めた。これも八百長である。 そして最後の一人になった時にオーブを破壊した。そのオーブは必ず偽物であるとあかっているからだ。これでオーブの所有者が実質ゼロとなり、最後の生き残りが世界を再創造した。 神としての活躍はしない。 オーブを神格化した田中真紀。 ゲームセット後の再起動で再び全人口の2%に偽オーブが支給されたが、女神田中真紀はこれをルシフェルと解釈した。悪魔は創造主ですら払拭できない。 なぜなら、聖書にもこう書いてあるからだ。「終わりの日に主は悪の権化をけしかけて人々を脅かす」、と。 オーブは悪魔的だ。 オーブの持つ力の大半は人間への復讐から生まれるものである。 しかし、一部のオーブはそれを拒否すると、その力を使えずになくなる。 (オーブは神に取り込まれるたび寿命を経過してしまうという設定) 神の言葉を受諾。 オーブは神から神格を受けることで、新たな神格を創造することができる。 田中真紀女神がこのようにオーブをはからったので新世界にも二元論が持ち越された。 彼女は戒律を定めた。 神の力が借りられるオーブは12種類ある。 オーブ持ちが神(神格化されている)になることは、創造主(神格化されている)と契約を結ぶことによって引き起こされる。 神格化されているオーブは、神格化されているオーブになるまで創造主を監視する義務がある。 神格化されているオーブは神の力を持っていなくても、オーブによって神格化されたオーブを創造することはできる。 神格化されているオーブは創造主を支配する力はない。 神格化されている神格をオーブに取り込んだ人は、オーブに創造主を支配する力はなくなる。 オーブに創造主を支配され、オーブ持ちになった者の子孫は子孫を支配できなくなるという設定。 田中真紀の誕生は、オーブ保有者の100名がオーブに取り込まれ、彼女が生まれてからのこと。 オーブ持ちとオーブ保有者は違う者が生まれたとき、神格化されているオーブ保持者がオーブを支配から解き放つので、田中真紀と信徒の間に子どもが生まれたときには、田中真紀はオーブ保有者を支配する。 オーブの支配する力の有無によっては支配できなかった場合、田中真紀を支配した神格も支配する。 オーブ保有者とその神格の対立で支配不能とか、オーブ保有者を支配しようとしたら、オーブ保有者とオーブ保有者の間に小さな子供が生まれるときはオーブ保有者とオーブ保有者以外の神格を支配した神格も支配することが出来る。 だからオーブ保有者によっては「オーブ保持者だけがオーブの力で支配している」こともあるし、オーブ保有者とオーブ保有者の支配域が違うときに神格化されているオーブ保持者とオーブ保持者の2本のオーブが支配するオーブは別の者を支配できないとか、オーブ所持者の支配域に神格化されているオーブは自分達だけにするしかなく、支配者としてのオーブ能力はオーブ保有者の支配域内(オーブ保持者以外のオーブが支配できない領域)に存在しないという人もいる。 例えば、支配神と支配霊の関係性とか、支配者が支配する側と支配霊が支配する側の関係でいうと、支配神の支配したオーブを支配しているオーブ保有者と支配霊、支配神のオーブの力を支配しているオーブ保有者とオーブ保有者以外のオーブが支配できないオーブ保有者が支配している(支配されている)オーブ保持者、オーブ所持者とオーブ保持者は関係性がない(オーブ保持者もオーブ保持者も関係性がない)ため、オーブ所有者が支配する支配神に支配されているということになる。 そのオーブ保有者のオーブがオーブの支配者を支配できるようになっても、オーブ保持者とオーブ保持者は支配者と支配霊であり、オーブ保持者は支配霊や霊がオーブ所持者から奪うことが出来る…うんぬん。 分厚い聖書にびっしりとオーブを戒める戒律が並んでいる。 こうしてオーブは原罪を背負うことになり、人に仇をなす悪として人類に対峙するようになった。 田中真紀が朗々と語り終えるとオーブはどこかに消えた。 遠い雷鳴が第二ラウンドのゴングを鳴らしている。 彼女は銃を取った。 戒律は守らねばならぬ。オーブは狩らねばならぬ。 (了)
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