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「あの、覚えていますか?」
急に降り出した雨。
慌てて飛び込んだ書店の軒下で、私は声をかけられた。
「あの日助けてもらった鶴です」
高校生くらいのその少年は、はにかんだように笑って私に畳んだビニール傘を差し出した。
「鶴さん?」
「はい」
私がぽかんとしていると、少年は再び傘をぐっと差しだしてきた。
「使ってください」
「あ、はい」
慌てて傘の柄を握ると、少年はホッとしたように頷き、土砂降りの雨の中を走り去って行った。
雨が降っていなかったら、あの少年は白い羽根で飛んで行ったのかしら。
少年が去った方を見つめながら、私はぼんやりそんなことを思った。現実逃避万歳。
きれいだろうな。商店街の外れの、小さな書店の軒下から飛び立つ大きな鳥の姿は。
職場のパワハラ、上司からの嫌がらせのせいで心も体も壊し、今日仕事をやめてきた。
生きるのもやめようかと思ってた。ほんの5分前までは。
でも、課題が出来たから、それもできない。私はあの鶴に傘を返さなければ。
だって私は多分、まだ一度も鶴を助けたことがない。
あの鶴を探して、伝えなければ。
「人違いですよ、でもありがとう」、って。
***
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