それは雨と共に

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 急に降り出した雨に驚き、僕は下校途中にある本屋の軒下に逃げ込んだ。 「さっきまでいい天気だったのに、なんだこれ。最悪」  僕の後から、クラスメイトの圭がぼやきながら飛び込んで来た。 「ここ、半年前に祐一が女の人に傘貸したとこだよな」  髪の毛や肩の水を払いながら、圭が言う。 「そうだよ」  あの雨の日から一度も彼女を見ていない。もしかしたら職場が変わったのかもしれない。同じ駅を利用してたはずなのに、ちょっとしたことで、社会人の人とは道ですれ違う事も叶わなくなる。   「後悔してるだろ、助けてもらった鶴です、とかふざけた事言ったの」 「やっぱ助けてもらった亀の方が良かったかな」 「いやいやいや」  変な子に会ったとか、後で笑い話になるくらいでちょうどよかった。  ただあの時、うつろな目で雨を見ていたあの人が消えて無くなりそうで怖くて、咄嗟に近づいた。何かしてあげたくて。  きっかけはやっぱり雨の日だった。  部活からの帰り道、10メートルほど前を歩いていたビニール傘の女性が急にしゃがみ込んだ。すぐに何かを両手に大事そうに抱えて、街路樹の植え込みの下にそっと置き、そしてまた何事もなかったかのように歩き出したのだ。  なんだろう。  植込みの下を覗くと、巣立ったばかりの小さな鳥のヒナが、丸い目を開けてこっちを見ていた。彼女は、雨に濡れないように、車や人に踏まれないように、そっとヒナを移動させたんだ。  時々見かける女性だった。でも僕はその日から、その女性に特別親しみを感じるようになった。もちろん声など掛けないし、目線も合わせない。通学路で偶然その横顔、仕草を、一瞬でも見れた日は、なんだか気持ちがはずんだ。彼女は僕にとって、ちょっと説明するのももどかしい、清涼な、そんな存在だった。 「ばったり今ここで再会して、傘返してくれないかなあ~」  圭が恨めしそうに雨空を睨むから、「あげたんだから返していらないの」、と僕はたしなめる。 「でもさぁ……、あ、ビニール傘」 「え、本屋に売ってる?」 「違う、ほら、あれ見てみ」  圭がガラス越しに、書店の中を指さした。  見ると、手描きっぽい可愛いビニール傘のポップがあり、その横に、『あの日、恩返しに来てくれた鶴さんへ』という文字が躍っている。
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