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夏休みも3週間経って、初めて僕にお客さんがきた。眼鏡の初老の男性、伊藤さん。
伊藤さんは白いあご髭を生やして骨董品店とかで働いていそうな顔のに、オレンジのポロシャツというアンバランスな服装をしていた。
伊藤さんは美咲さんにアイスコーヒーを出され、僕らはリビングで向かい合った。大人たちは目配せして、美咲さんは肩と手にぎゅっと力を込めた。茂之さんは軽く頭を下げ、2人は自分たちの部屋に行った。
「3週間前より、肩の力は抜けたようだね」
僕と向き合い、目を細めながら、話を切り出した。
「ここでの生活は慣れたみたいだね」
「うん」
僕に下る審判はどっちだろうか。伊藤さんは良い話も悪い話も穏やかに話す人だ。
「いろいろ外にも連れてってもらったんだって? 何が楽しかった?」
「田んぼ」
「そうか、外で遊ぶのが楽しかったのかな」
「カエル、茂之さん驚いて転んでた」
今思い出しても、あの顔、あの反応は面白かった。
「そうかそうか。それで一真は、どうしたいと思う?」
本題だ。どうしたい……。それを言ってどうにかなるのだろうか。決めるのはどうせ偉い人たちなのだろうに。
黙って伊藤さんを見てると、伊藤さんも目を逸らさず見つめ返してくる。ネコの喧嘩みたいだ。もっとも、僕は追い詰められた子ネコの立場だけど。
「朝ごはん、わがまま言ったんだって?」
やっぱり、余計なこと言ったのはいけなかったんだ。ここにはいられないのか。
涙が出そうで、顔を少し上げてほほに力を込めた。
「そんなことしか言わないって、田中さんたち心配してたぞ。お利口すぎるって。もっとわがまま言えばいいのにって」
「ここには、いられないの?」
どっちなのかわからず、早く答えを言って欲しい。僕の今後を決めるのは、伊藤さんが担当なんだ。
「そんなこと言ってないさ。どうしたいかは一真次第だよ。田中さんたちは、一緒に暮らしたいって」
一緒に暮らしたい。ここにいていいってことか。本当に?
「朝ごはんは大丈夫なの?」
「ああ、もう少しわがまま言うくらいでいいぞ。食べたいものくらい、どんどん言いなさい」
「焼き魚と、味噌汁も欲しい」
「おじいさんみたいだな」
僕より伊藤さんの方が明らかにおじいさんなのに。
これで朝にご飯を食べられる場所が、ようやく見つかった。明日は僕が黒い相棒と共に朝ごはんを用意したくなった。もうダシのやり方だって知っているんだから。
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