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(あぁ……。だから携帯が鞄に無かったんだ……)
線路へ身を投げた瞬間、肩にかけていたバックは吹き飛ばされてた。その衝撃で中身は線路へと飛び散り、跡形も無く粉々になったのだろう。自分の身体さえも、原形を留めてはいなかっただろうから。
「この寺は祓い屋家業もやっていてな。それで忌一は、お嬢さんをここへ連れて来たんだ」
先ほどまでの険しさはどこへ行ったのか、住職は打って変わって優しい眼差しを向けていた。
この寺へ近づく度に不安が襲ったのは、長年悪霊などを祓ってきたこの寺の神聖さを、敏感に感じ取っていたからなのだろう。
「私……この世から消えるの?」
声が震えていた。その声が、忌一と住職の次の言葉を失わせる。
「自分で肉体を滅したんじゃ、仕方ないことじゃろう。それよりおぬしがずっとこの世に留まれば、次のチャンスは一向に巡って来ぬぞ?」
花咲じじいがおかしなことを言うので、思わず「次のチャンス?」と訊き返す。そしてその答えは忌一が引き継いだ。
「“転生”だよ。死んだら皆、もう一度肉体を持って生まれ直すんだ」
「転……生……」
思いもよらないその発想に、オウム返ししか出来ない。
「その時にまた、同じ壁を乗り越えればいいよ」
「乗り越え……られるかな?」
希望を持ちかけるけれど、「馬鹿なことをしなければ、今世でも乗り越えられたはずじゃがな」と再び辛辣な嫌味が下から聞こえる。
「そんな……」
「自殺したのは君だけのせいじゃないよ。だから俺は君を助けようと思った」
そう言って忌一は私の肩に優しく手を置く。
「忌一は昔この寺で療養したことがあってな。その時以来の付き合いだが、彼は幼い頃からお前さんのような、普通の人間には見えない者が見えていてな。忌一が声をかけなければ、お前さんはずっと最期の瞬間を繰り返すだけだったぞ」
住職の瞳をじっと見つめる。その瞳は嘘をついているようには見えなかった。そしてゆっくりと忌一に視線を戻す。
「忌一君、私を見つけてくれてありがとう……」
やっとのことでそう言うと、最初にハンカチを貰った時と同じような彼の表情が見えた。
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