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その後すぐにその場で住職が経を唱えると、美久里の姿はあっさりと消えて成仏した。元々悪い霊でも無かったので、住職が念仏さえ唱えればこの手の霊は簡単に成仏するのだ。
そういう意味では、自殺者の霊は最期の瞬間に自ら囚われ続ける、悲しい運命とも言える。
残された忌一は改めて住職と縁側に座り、住職が持ってきた麦茶のグラスに口を付けた。
「具体的な未練だったら俺でもなんとか成仏に導けるんですけど、漠然とした『生きたい』っていう未練の場合、俺の手に余るんですよね。それでここへ連れてきました」
それを聞いた住職は「相変わらずのお人好しだな」と言って笑う。
「だが以前より少し強くなったか? ところでお前さんの中の異形は……」
「まだいます。……っていうか、増えました」
「何だと?」
忌一は一緒に縁側に座る小さな老人と、袖から出ている鰻のような頭を視線で差す。
「黒いモヤにしか見えんが……もしかして、そやつらがさっき霊と話しとったのか?」
「あ、はい。彼らは俺の式神です」
忌一の式神、“桜爺”と“龍蜷”の姿は、住職にはハッキリと見えていない。
「なんじゃ……忌一は陰陽師になったのか」
「相変わらず何も出来ないですけどね」
「何じゃそりゃ。まぁ良かったわい、商売敵じゃなくて」
そう言って住職は豪快に笑った。
忌一が首の後ろをポリポリと掻いていると、Gパンのポケットのスマホがブルブルと振動する。スマホを取り出してメッセージを読むと、「それじゃ、バイトがあるんで……」と忌一は立ち上がった。
「久しぶりに会えて良かったわい。またいつでも遊びに来いよ」
「わかりました。今日はありがとうございました」
「おうよ。……あ、忌一」
「何スか?」
「請求書は送っておくからな」
忌一の左足がカクンと曲がったのにも気づかずに、住職はまた豪快な笑い声を境内に響かせるのだった。
<完>
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