俺が旅をしている理由

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 なんだかんだ言って、日本という国は美しいものだ。  住んでいる人々の人間性も無論そうだが、とりわけ豊かな自然だろうか。海外へも何度か行ったことがあるが、これほど四季がはっきりしている国は珍しいと思う。  春になると、行き交う人々は雪解けととも分厚いコートを脱ぎ捨てる。街には花の甘い香りがたちこめ、新しい季節の到来を色濃く感じることができる。  夏は空と海が深い青に染まり、秋になると山間の景色が燃えるような赤に色づく。  深い雪に閉ざされた冬というのも、他の国では見られない風情溢れる光景だ。  絵を描くことを趣味にしている俺は、美しい四季の景観をキャンバスの上に描くため、北は北海道から南は沖縄まで、移ろう季節とともに日本中を旅して回っている。  とはいえ、行き先はだいたい気まぐれだ。  雑誌やネットから情報を拾い集めて、有名な景勝地やその周辺を調べては、景色の良さそうな場所を選んで回っているだけのこと。  だが、そんな俺が、毎年欠かさず訪れる土地がある。  それは──鹿児島県の南に浮かぶ島。種子島。 ◆   県道のきつい坂を自転車を必死に漕いで登る。登りきったあとで、小高い丘のようになっている場所から、下界を見下ろしながら自転車を停めた。  連なる家々の瓦屋根が見える。空は雲ひとつない快晴。視界の先に広がっているのは、空の青を移しこんだ海だ。  頭上から降り注ぐ陽光が水面に反射し、キラキラと輝いている。あまりの眩しさに、思わず瞳を眇めた。  鹿児島県、種子島。  約一年ぶりに訪れた、俺にとって故郷のひとつといえる場所。親の仕事の都合もあって、引越しの多い人生だった。そんなわけでここに住んでいたのも、小学校五年生のころの僅か半年ほどである。  それなのに、この場所で過ごした日々の記憶は心の片隅に色濃く息づいていて、今でも酷く懐かしい気持ちになる。  空き地に自転車を停め、緑の衣をまとった木々の間を貫くように伸びた石の階段を見上げる。この階段を登ったその先に、小さな神社があるのだ。祀られている神様は、縁結びや夫婦円満だけでなく、子宝のご利益があると言われている。  こうして俺は、夏が来るたびこの地を訪れて探し物をしている。探し物の中身は、既に曖昧だ。強いて言えば、『俺が絵を描き続けている理由』だろうか。   キャンバスバッグを脇に抱え、階段を登り始める。鬱蒼と茂る枝葉が強い日射しを遮って、僅かばかりの涼を感じる。  幼い頃から絵を描くことを趣味としていた俺は、よくこの神社でスケッチブックを広げていた。絵を描かない時も、かくれんぼやドロケーなんかをして、アイツらとよく一緒に遊んだもんだ。  マサトと、ヒカルと、それから──。 ◆  頭上から、燦々と陽の光が降り注いでいた。  神社の境内に居たのは、俺もふくめて七人の子どもたち。マサトとヒカルと俺たちは、ドロケーなどをして遊ぶことが多かった。  「いーち、にー、さーん」  警察チームのマサトが、カウントを数える声が聞こえる。   泥棒チームは神社内のどこに隠れてもいいが、境内から出るのだけは禁止。カウントが進んでいくなか、泥棒チームの男子らが叫び声を上げながら方々に散っていく。  神社の境内はいたるところに茂みがあって、隠れる場所は比較的多い。新緑の匂いがつんとたちこめ鼻腔をくすぐるのを感じながら、俺は立派な木造建築の本殿の裏手に回ってみた。  本殿の建物の横、紫陽花の花の陰に身を隠しながら顔を覗かせてみると、警察チームの男子が視線を走らせている様子が見えた。 「やべ」と声が漏れて一歩後ずさると、背中がなにかとぶつかり、同時に「きゃ」という小さな悲鳴が聞こえてくる。  うわ、誰? と思いながら振り向くと、そこにいたのはカナコだった。長い髪を三つ編みにした、笑った時の笑窪が印象的な女の子。 「ごめん、私別のところに隠れるね」  呟きひとつ。立ち去ろうと踵を返したカナコの二の腕を無言で掴んだ。 「ダメ、今出て行ったら見つかるよ」  「え?」 「ほら」     俺が指差した視線の先、警察チームの人間は二人に増えて、手分けして周囲の探索を始めようとしていた。 「ほんとだ、ありがと」 「うん。こっち来なければいいんだけど」     けれど、悪い予感というのは的中するもので、警察チームの三人目であるマサトの声があろうことか背後から聞こえてくる。  不味い、挟み撃ちにされる。そう判断すると、迷うことなくカナコの腕を引いて走り出した。 「左に逃げよう」 「わかった」  二人並んで建物の陰を飛び出して、本殿の正面を横切るように左のほうに向かって全速力で走る。 「いたぞ、捕まえろ!」 「そっち回り込め!」  こちらの気配に勘付いたマサトの声が後ろから響き、正面にいた二人もこっちに迫ってくる。俺とカナコだと、やっぱりカナコの方が若干脚力で劣る。このままじゃ二人とも捕まってしまうと考えた俺は、カナコを先に行かせることにした。 「このまま真っ直ぐ向こうの茂みまで走って。警察のやつらは俺が引きつけるから!」 「え、でも!」 「いいから」  有無を言わさずカナコの背中を押すと、反転して逆方向に走った。ジグザグの軌道を辿って、カナコの方に奴らが向かわないように。  けれど──。 「結局、二人とも捕まっちまったな」  神社の赤い鳥居の側、牢屋として地面に描かれた、ところどころ歪んだ円の中にしゃがんで二人で笑った。 「だねぇ。ごめんね、私の足が遅いもんだから」 「んなことねぇよ。後はヒカルの奴が助けに来てくれるの待つか」  ヒカルは、俺より一つ上の学年にあたる女子で、背が高くて運動神経がいい。アイツが逃げのびているうちは、まだ希望が持てるかも。 「そうだね。ヒカルだったら要領がいいし足も速いから、早々捕まんないはず」 「だな」  会話が途切れると、二人の間に静謐とした空気が漂った。  青や白、色とりどりの花を付けた紫陽花に見とれていると、カナコが声をかけてくる。 「紫陽花の花、好き?」 「好きっていうか、神社の脇で咲いている紫陽花って、なんか絵になるなあ、と思ってさ」 「ああ、そっか。満くん、絵が上手いもんね」 「ありがと。まあ、他の奴らより上手いっていう自信は一応ある」 「そうだ、知ってる? 紫陽花が咲く季節である六月は、気温の変化が激しいことから、流行り病で亡くなる人が多かったんだってさ」  なんの脈絡もなく始まったカナコのうんちくに、思わず呆気にとられてしまう。 「それって、なんの話?」 「ああ、ごめん。昔はそうだった、という話。それで紫陽花は死者に手向ける花と考えられていて、紫陽花の名所には神社やお寺が多いんだって」 「へえ」  それからカナコは、紫陽花で有名な神社の話を幾つか披露していった。流暢に語り続けるカナコの横顔を見ながら、妙なことに詳しいんだな、と感心してしまう。 「でも満くん、人物画ってあんまり描かないよね」 「ああ……、そうかも」  苦手ってわけでもないんだけどな。 「わたしをモデルに、今度描いてみない?」 「ああ、今度な」 「うわ、釣れない返事……。これ絶対描いてくれない奴だ」 「そんなんじゃねぇけど」   すると彼女。何か閃いたという顔で唇に指先を当てる。艶やかな紅が、俺の脳裏に鮮明に焼き付く。  「もしかして、誰か好きな女の子がいるんでしょ?」  カナコの突然の言葉に俺は驚いた。俺もカナコもこの時まだ小学五年生で、異性を意識していないといったら嘘になるが、誰のことが好き、と語り合ったり、恋人になりたいなんて妄想をするほど、恋に自覚的でもマセてもいなかった。 「ばかやろう。いねえよ、そんなもん」  と結局、カナコの顔から視線を外してそっぽを向いた。 「ほんとに?」 「ほんとだって」 「ふーん。そんなこと言ってさ、ほんとはヒカルちゃんのこと気になってるんじゃないの?」  うりうり、と言わんばかりに、隣のカナコが肘で小突いてくる。 「んなわけねーだろ」  性格が明るくて外見も良いヒカルは学校でも人気者だったし、俺も確かに嫌いじゃなかった。だが、ボーイッシュな見た目通りがさつな面もあるし、『好き』という感情を抱いたことはなかった。それに──。   「ん、わたしの顔になんか付いてる?」 「いや、なんでも」  急に口ごもったのをいぶかしんだのか、カナコが俺の顔を覗きこんでくる。顔……近いんだよ俺の気も知らないで。  まさか、『好きなのはお前だよ』なんて、言えるはずもなかった。  それから、俺とカナコはよく目が合うようになった。  カブトムシを探して木を見上げているふとした瞬間。ドロケーやかくれんぼをして、神社の境内を走り回っている時。俺がスケッチブックを広げて、紫陽花の花とか描いている時も。  ほかにも色んな場所、色んな瞬間に二人の視線はぶつかって、そのたびに俺は熱を帯び始めた顔を隠して視線を逸らした。  逸らしてから、逡巡が溶けたころに勇気を出してもう一度見る。するとアイツもこっちを見ていたため、視線が再び絡みあう。そうやって、何度も──。 ◆  状況が動いたのは、それから数日したのちのことだった。  学校が終わったあと真っすぐ自宅に戻った俺は、スケッチブックだけを抱えて再び家を出る。自転車に跨り、真っすぐ神社を目指した。  自転車を林の脇に停め階段を登っていく。赤い鳥居を潜って境内に足を踏み入れと、意外なことに先客がいた。白いワンピースを着て拝殿の前に置かれた賽銭箱の側に座り、紫陽花の花を物憂げ見つめているカナコだ。  気のせいだろうか。表情は少し浮かないように見える。 「よお、そんなことで何してんの?」 「あ、満くん。いつの間に来たの? 全然気づかなかった」  儚げな笑みを浮かべてこちらを向いた彼女。今日は三つ編みにしていない長い髪が、肩から落ちてはらりと舞った。 「どうした? なんだか元気が無さそうだけど、なんかあった?」  やっぱりいつもと様子が違う。そう感じて問いただしてみると、泣き笑いに近い顔でカナコがぽつりぽつりと語り始める。 「実はね──」  昨日の夕方、この神社でヒカルと話をしたこと。ヒカルに『満くんのこと好きなんでしょ?』と突然質問をされ、『そんなことないよ』と否定したこと。彼女いわく、ヒカルは俺に視線を注いでいることが多かったので、『むしろ、満くんに気があるのはヒカルでしょ?』と切り返してみたところ、『絵ばっかり描いてるような、暗い男なんて興味ないよ』と返されて、そこから売り言葉に買い言葉で喧嘩になってしまったこと。  これには頭が痛くなってしまう。ヒカルが俺をよく見ていた云々はカナコの勘違いだろうし、別段興味もない。ただ、スケッチブックと向き合う姿が、暗い人間というイメージを時として人に与えることは事実だろう。幼いころから絵を描くことを趣味としていた俺は、何度も繰り返される引越しのなかで、そういった目で見られることが多かったのだし。  だからヒカルの発言を不快だな、とは感じるものの、いまさら目くじら立てて怒るわけでもない。わからないのは──。 「どうしてそんなつまんない事で喧嘩したの、ヒカルと」 「だってえ。満くんそんなに絵が上手いのに、あんな言い方酷いと思うんだ」 「んー、まあ、そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、上手いかどうかとイメージは関係ないからなあ」 「それにさ、一生懸命頑張っている男の子って、カッコいいと思うんだ。それなのに」  あ、と言ってとたんにカナコは口元を手のひらで覆った。 「なんでもない」 「いや、でも、俺のこと庇ってくれて嬉しいよ。ありがとう」  話の流れを利用して、さり気無く感謝の言葉を伝えてみたが、なんとも照れくさいものだ。別に告白してるわけでもないのに 「ううん! 全然へーきだよ! あ、当たり前のことしただけだから」    ところがカナコの奴、思いの外過剰なリアクションをしやがった。益々意識しちまって、頬の火照りがどんどん加速していく。タイミングを見計らったかのように吹いた風が、やけに涼しく感じられた。 「でも、このままじゃやっぱダメだろう。しょうがない、ちょっくら俺が、ヒカルの奴に話を聞いてくるよ」  そう結論を与えて背を向けると、肩ごしにカナコの声が聞こえてきた。 「ねえ、満くん」 「ん?」 「色々、ありがとね」 「おう」  早鐘を打ち始める鼓動。照れ隠しで、ひらひらと手のひらだけを振った。 ◆    神社を出て自転車を飛ばし、真っ直ぐヒカルの家を目指した。彼女の家は、島の東部、海水浴場からほど近い場所にある。  ヒカルん家に着いて呼び鈴を鳴らし彼女を呼び出すと、意外にも申し訳なさげにヒカルは頭をさげた。 「ごめん。もちろん、本心でそんなこと言ったわけじゃないんだ。満の絵の才能もわかってるし、凄いって思ってる」と視線を彷徨わせ、真っ赤になって俯いてしまうヒカル。「勢いで言っちゃったというか。許してくれる……?」 「そっか。いや、まあ別に俺のことはどうだっていいんだよ。明日でもいいからさ、アイツに謝ってやって欲しいんだ。アイツも悪かったと言ってるから」 「うん、わかった」ともう一度頭を下げてから、下げた頭をそのままこてん、とヒカルがかしげる。「でもさ」 「謝るって、誰にだっけ?」 「は?」  俺は愕然と声を発し、ヒカルの顔を正面から見た。 「誰って決まってんだろ。カナコだよ。えっと、苗字……あれ? なんだっけ? とにかくカナコだよ、知ってるだろ」  なぜだ? カナコの苗字が思い出せない。確かに知っているはずなのに、だが困惑している俺以上に、ヒカルはそれこそ狐につままれたような顔をしている。 「カナコ、さん? ごめん思い出せないの、本当に……! 私、カナコなんて女の子のことは知らない。たぶん今まで一度も会ったことない」 「ちっ──」  何を言ってるんだ、というヒカルへの苛立ちと、カナコの姓を思い出せない自分への憤りで舌打ちがもれる。  とりあえず今は、もう一度カナコのところに戻って今のことを伝えよう。話はそれからだ。  俺は自転車に跨って、再び神社を目指した。 ◆  なぜだ。なぜヒカルは突然カナコのことを忘れた。冗談を言っているという可能性もあるが、あの必死な顔、あれはどう見ても嘘を吐いているとは考え難い。それだけじゃない。どうして俺まで。  しかし今はこんなことを考えていても仕方ない。まずはカナコに会おう。そうしたら、全ての疑問は溶けてなくなるんだ。そう、俺は信じていた。  キキッと音がするほど乱暴に自転車を停め、石の階段を駆け上がる。神社の鳥居をくぐると、正面にカナコの姿が見えた。  良かった。彼女はまだこの場所に居てくれた。   「あ、満くん」  ぱっと笑顔の花が咲いた彼女に向かって叫ぶ。 「ヒカルと話をしてきた。アイツ、昨日喧嘩したことを後悔してた。カナコに『ごめんなさい』と謝りたいとも。でさ、ごめん、ど忘れしちゃったんだけど、カナコの苗字ってなんだっけ?」  次の瞬間、咲いた笑顔の花がしおれた。 「そっか。もうタイムリミットなんだね」とカナコが寂しそうな声で呟く。 「タイムリミットってなんだよ? お前、なんの話をしているんだよ」 「んー……」  唇に人差し指を当て、カナコが空を見上げる。気が付けば夕闇がひそかに忍び寄っていて、空はオレンジ色に悲しげな紫紺が混ざり始めていた。鮮やかなオレンジの光が梢の隙間から射し込んで、俺たちの影が地面に長く伸びた。沈黙が続くなか、時間だけが静かに流れていた。 「話すとちょっと長くなるんだけど」  そう言って、カナコの話は始まった。 「満くん。驚かないで聞いてね」 「ああ」 「わたしの苗字、忘れたんじゃないよ。最初から無いの」 「な、なに言ってんだよ。そんな訳ないだろ! だって、お前のフルネーム」  どうにかして思い出そうと記憶の引き出しを片っ端から開けていくが、どんなに思考を巡らせてもカナコの苗字を思い出せない。 「わたしの出席番号、わかる?」 「いや、わかんない」 「教室でわたしの席って、廊下側? それとも窓側?」 「いや、ちょっと待って」  考えろ。考えろ。カナコが使っていた席。彼女が得意だった教科。  だが、どんなに考えても探し求めても、答えは手のひらの中に収まらない。ヒカルやマサトの席だったらすぐわかるのに。 「なんで──?」 「満くんがおかしいんじゃないんだよ。わたしね、学校になんか行ってないもん。毎日神社の境内に居て、来てくれるみんなと一緒に遊んでいただけのこと」 「なんだよ、なに言ってんだよ。全然意味がわかんねぇよ」 「そうだねぇ。わたしが神社の境内から離れることができないのが、ヒントというか殆ど答えかな」 「どういうこと?」 「わたしね」  ──この神社に住んでいる神様なの。  きーんという強い耳鳴りをともなって、カナコの放った言葉が鼓膜から忍び込んでくる。  は? 神様? お前、なに言ってんだよ。 「わたしが子どもの姿をした神様だからなのか理由ははっきりしないけど、わたしの姿は、わたしが見せたいと思った子どもにしか見えないの。でも、それにもどうやらタイムリミットがあって、その子が子どもじゃなくなった瞬間に、わたしの姿は見えなくなってしまう。きっと──そうね。今回の場合、ヒカルちゃんや満くんが、恋の味を覚えたからわたしの姿が見えなくなってきたのかも」 「見えなくって、そんなわけない! カナコの姿、ちゃんと見えてる」  ところが叫んだ次の瞬間、カナコの姿がゆらり、と揺れ動くと同時に薄くなったように感じた。嘘だろ。こんなの嫌だよ。どうしたらいいんだよ! 「姿が見えなくなったら、同時に満くんの記憶からも完全にわたしの名前が消える。でも、それは寂しいことじゃないんだよ。 満くんやみんなが、大人になったという証拠なんだから。でも」  ──わたし、満くんの描く絵、好きだよ。だからこれからも絵を描き続けてね。時々でいいから、わたしにも見せに来てね。 「なに言ってんだよ! 勝手に決めてるんじゃねーよ! カナコ!!」  だが、伸ばした俺の両手は虚しく空を切った。  少女の姿が完全に消えうせると同時に彼女の頬を伝い落ちた涙が、小さく地面を濡らした。 ◆    あれから、十八年。  俺は今でも探し物をしている。今日もこうして、神社の賽銭箱の脇、階段に腰掛けて紫陽花の花をスケッチしている。 「こんなもんかな」  我ながら、よく描けていると自画自賛する。花の色は正確に模写するなら青だけど、そうだな、あえて白に塗ってみようか。なぜだろう、そんな気になった。  スポーツドリンクを一口飲んで、日陰で涼を取る。カンカン照りの空を見上げたその時、よく通る声が蝉時雨のなか響いた。 「おーい、満ー!」 「遅かっただろうが、ヒカル、それからマサト」  俺は島に戻ってくるたび、懐かしい面々とこの場所でこうして待ち合わせをしているんだ。   「へえ、相変わらず絵、上手いね」  なんてヒカルが言ってくる。すっかり成長して女らしくなった指先で、長い髪をかきあげながら。 「そうだろ?」  俺は、探し物をしている。  たぶんだけど、約束をしたような気がするんだ。この場所で、誰かに絵を見せるって、約束。マサトとも、ヒカルとも違う誰かと──。  そのとき何処からか、懐かしい声が聞こえた気がした。  なぜだろう。ほんのりと心が切なくなった。 ~FIN~
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