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「…………、テンちゃん」
何かに気を遣うように、囁き声で呼ばれた気がしたから、今まさに履こうとしていたスニーカーから指を外して後ろを振り返る。
まだ太陽が顔を出す前の薄明の頃、薄暗い家の中でドアから除くように見える、透き通った瞳が私をじっと見つめていた。
「レイラ。ごめん、起こしちゃった?」
「テンちゃん、早起きね、おでかけする?」
「うん。いつもの、拾いに行く」
「いつもの?」
「ほら、えーと、……ガラス!海の!」
「ああ」
身振り手振りで説明すれば、悟ったように頷きながらレイラは目尻に皺を作って微笑んだ。亜麻色の柔らかそうな髪が揺れて、彼女に流れる異国の血特有の美しさに少しだけ、視界が眩んだ。
「Sea glass」
正解!と声をあげれば嬉しそうに微笑んだ。そして「お気をつけください」と丁寧さとたどたどしさが混ざった日本語で見送ってくれるから、手を振って新しい朝へ向かうためドアを開いた。
太陽が出る前に済ませないと。
暑さに敗北して、海に飛び込んで溶けてしまいたいと願う前に。
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