砕け落ちたミルクパズル

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 かちり。最後のひとつが埋め込まれる。  どろりと溶け落ちた黒い瞳がこちらを見た。彼女の手元で光る白い板には、ひとつの影も映っていなかった。 「ねぇ、覚えてる?」  キリカがじっと見つめている。それから逃れるように恐る恐る自らの手に視線を落とす。  掌はべっとりと汚れていた。黒い液体が絡みついている。拭っても拭っても取れないあの日の感触が。 「ねぇ、長谷くん。ちゃんと覚えてる?」  いつの間にか、漆黒の瞳が目の前にあった。色のない頬に毛先の傷んだ黒髪。にたりと笑う血色の悪い唇が弧を描く。 「――ねぇ、」 「っ、うるさい!! もう忘れさせてくれよ!!」  叫びと共に手を思い切り振りかざす。肌を叩く音は響かなかった。  ただ、空を切って目の前の存在を揺らがすだけ。歪に揺らいだ彼女は、薄氷のような笑みを湛えている。 「……もう、いいだろ。頼むよ、忘れさせてくれ……」  現実から目を背けるように両手で目を覆い、そのままずるずると座り込む。寂れた混凝土には、一人分の影だけが虚しく転がった。  どれだけ嘆いても、どれだけ謝罪しようとも、現実は変わらない。目の前の小林キリカは故人で、様々な恨みつらみを抱えて現世をさまよっている。  白いパズルは彼女の空虚な心の表れで、あの問いかけは呪いだ。自分の死を誰かに刻みつけようと足掻いている。
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