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「……可哀想に」
頭上から抑揚のない声が降ってくる。目を覆う指の隙間から見えたのは、長めのプリーツスカートから覗く半透明の素足だった。
「長谷くんはなーんにも悪くないのにね。大丈夫だよ、長谷くんは悪いことしてないよ」
ゆっくりと声が降りてくる。俺の前にそっとしゃがみこんだキリカは、驚くほど優しい微笑みを湛えていた。
「ねぇ、ずっと私のこと覚えててよ。私のことなんて、だーれも思い出してくれないだろうから。ただ覚えてくれてるだけでいいよ。だって、長谷くんは悪い子じゃないもんね?」
「……」
「覚えてて。人は忘れられたら死んじゃうの。一人でも覚えててくれたら、私は生きてる。……長谷くんだけが、私を生かせるんだよ?」
冷ややかな手が俺の手に触れる。冷凍庫に手を突っ込んだみたいだ。俺はただ、冷気に包まれる手を呆然と見ていた。
「ふふ、可愛い。これならまだ私を忘れなさそうね。……ね? 大好きな長谷くん?」
感情の消えた瞳が俺を覗き込む。体に、心に、深く刻み込まれた呪いは、どのような方法を持ってしても消えてはくれない。
……罰ゲームのようなものだった。それをやらなければ、俺が標的になるかもしれない。
命令されてやっただけだ。俺は悪くない。悪く、ないんだ。
そう思っているのに、あの日の記憶は俺が自身を責めるように鮮明に残っている。一人でフラフラと歩くキリカ、リノリウムに転がる夕焼けと賑やかな運動部の声。妙に緊張しながら歩く俺に、両手に触れた薄い背中の感触。
そして、転がり落ちていった黒と、砕けたミルクパズルだ。
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