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じぶんさがし
シュー…シュー…
周りから蒸気機関車の汽笛のような音が微かに聞こえる。
瞑っていた瞼をゆっくりと開く。
辺り一色、紫色の景色が見えるが
所々、雲のような模様も見える。 しかしどれも黒色に染まっていて
薄気味悪い。
ここはどこだ?
思考を巡らせる。
確実に現実世界では無い事が理解できる。
と言う事は夢?ここは夢の世界か?
それを確認するため自分の頬をつねった。
痛い、痛い。
痛さを感じる?
駄目だ考えれば考えるほど分からなくなる。
頭がおかしくなる。
「ゲームプログラム起動…A90番対象確認」
突如、何処からか抑揚のない
機械声が耳に入ってきた。
「A90番…あなたにはこれから、自分の身体のパーツを懸けたゲームをしてもらいます」
身体のパーツを懸けたゲーム?
一体何をする気だ?
そんな疑問を抱えていると
「それでは説明致します。最初に
あなたの顔を手で触ってみてください。」
謎の機械声の指示に従うように
僕は自分の顔を触れてみた。
胸が熱くなるのを感じる。
心臓の鼓動が徐々に速くなるのが分かる。
嫌な思考が頭を巡る。
しかしその嫌な思考はやがて確信に変わる。
顔の凹凸が消えてる。
目や鼻や口本来あるべき顔のパーツが無い。
「お気づきのように、
あなたの顔は今のっぺらぼうです。」
改めて絶望感が僕の身体を重く支配する。
「あなたの顔のパーツは
この空間の何処かに置いてあります。
それをあなたには探して頂きます。」
この空間の何処かに僕の顔がある?
一通りぐるっと見渡してみるが、何処にもそれらしきものは確認できない。
「このゲームの目的は、ただ一つ。
自分自身で
自分の顔パーツを探して戻して頂きます
制限時間は…10分。万が一
制限時間内に探せなかった場合はその時は
お楽しみに。」
10分がタイムリミット…
あまりに無謀過ぎる。
先の見えないこの禍々しい空間でしかも広すぎる。
この空間は無限に続いてるのではないんではないか。その位広大すぎる。
「注意事項として、
一点お伝えしておきます。
あなたの顔のパーツは勿論のこと
フェイクのパーツも紛れています。
もしフェイクのを顔につけてしまったら、
一生戻す事は出来ません。
すなわちそのフェイクパーツで
一生過ごす事になる。
元の自分の顔には戻れません。」
何?フェイクパーツも混ざっている?
見極めながら探せというのか?
それは無理難題だ。
ただでさえ制限時間が短いのに
慎重に探すとなれば時間が足りない。
「それでは…
ゲームのカウントダウンを始めます。
3、2、1、ゲームスタート!」
そんな不安な考えをよそに
ゲームはスタートしてしまった。
もう始まってしまったならしょうがない。
やる事は一つ。
探す。自分の顔を。そして元に戻す。
僕は目の前の道を真っ直ぐ走り続ける。
走り続けながらも左右に目を配り
自分の目、鼻、口は落ちていないかしっかりと確認する。
無我夢中に走る。
走りながらも何度か心の中で懇願した。
夢であってくれ。
もう今の僕にはこの世界が現実なのか
夢なのか区別がつかない。
あれから何分たっただろうか。
一向に顔のパーツが見つからない。
それどころかフェイクパーツすら見つからない。
見えるのは紫色の道。それもずっと。
それに足が疲れ走れなくなってしまった。
歩くのでさえキツイ。まるで低酸素の中で
呼吸を繰り返している感覚がする。
永遠にこの空間に閉じ込められたまま一生を終えるのでは無いか。そんな事さえ思ってきた。
「残り3分です。」
久しぶりに機械の声を聞いた。
残り3分…
その言葉を聴いて
一生このままでな無いんだという安堵の感情と
早くパーツを見つけなきゃという焦りの感情の二つが心の中に生まれた。
動きたいのはやまやまだが、もう足が動かない。
息切れもさっきより激しくなっている気がする。
やはりこの空間には何か細工がされている。
到底ここでは何も抗うことは出来ない。
僕は無力だ。
僕はクズだ。
僕は僕が嫌いだ。
だから顔なんか捨ててやる。
むしろくれてやる。
そうだあの顔のせいで、結婚が出来ないんだ
性格はいいのに、年収もいいのに。
たった顔のパーツだけで全てが決まる。
こんな世の中なくなってしまえ。
「只今を持ちましてゲーム終了となります。
並びに顔のパーツを見つけられなかったの
でゲーム失敗となります。」
あぁ上等だ。
煮るなり焼くなり好きにしろ。
「以上で全プログラム終了となります。
お疲れ様でした。それでは
現実世界にお帰りください。」
その言葉を聞き終わると辺り一面
眩しい白い光が僕の目を突き刺すように襲ってきた。
瞼をゆっくりと開ける。
天井が見える。
木材の天井だ。
見に覚えがある。
身体を起こすと目の前には大きな窓ガラスから太陽の光が部屋に広がっている。
紛れもないここは僕の部屋だ。
と言う事はあれは夢?
顔を触れてみる。
凹凸がある。ちゃんと顔が存在している!
僕は興奮そのままに洗面台に向かう。
これ程までに自分の顔のパーツがあることに感謝した人間は居ただろうか?
いや、恐らく僕だけだ。
僕は僕を愛している。僕は僕が大好きだ!
あの夢から自分を大切にする大事さを知った。
二階から階段を足早に下り、洗面台のドアを大きく開けた。
洗面台には大きな鏡がある。
その鏡を見る前に大きく深呼吸をして
心を落ち着かせる。
何、ただ自分の顔を見るだけじゃないか。
そんなに慌てふためくこともない。
ただじっくりとまじまじと
僕の顔を鑑賞したい。
心の決心が出来、僕は鏡の前に立った。
鏡に映っていたのは僕ではなかった。
赤の他人
別の人物が鏡に映し出されていた。
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