思い出せない約束

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そのままラーメンを食べ終えた私たちは、近くのバッティングセンターへ向かった。 腹ごなしに、2人で交代で打ちながら、時間を潰す。 「はぁー、すっきりした!」 私は、何球も打ち返すと、その手ごたえに満足して呟く。 「じゃ、そろそろ行くか」 時計を見ると、時刻は23時45分。 0時まではあと少しある。 「ねぇ、どこ行くの?」 結局、私は何も思い出せないまま。 「ついて来れば分かるよ」 そう言って、直樹はさっさと車へと向かう。 私は直樹の車の助手席へと乗り込み、シートベルトをする。 その横で、直樹は、いつものように静かに車を走らせる。 車は、郊外から繁華街へと向かう。 どこに向かってるの? 知ってる景色ではあるものの、目的地がさっぱり分からない。 こんな時間、開いてるのは飲み屋さんくらい。 でも、車で飲み屋に向かうわけないし、わざわざ5年も覚えてる必要のある約束とも思えない。 「ねぇ、もしかして、誕生日プレゼントを買いに行くの? 私、今日、あんまり現金持ってないよ? カード使えるとこ?」 心配になった私は、助手席から声をかける。 直樹は、一瞬、ちらりとこちらに視線を投げると、クスリと笑った。 「俺にとってはプレゼントって言えなくもないけど、お金は必要ないよ。美結里(みゆり)はただそのままそこにいればいい」 何のことだろう? 聞けば聞くほど、さっぱり分かんない。 走り始めて15分後、私たちが着いたのは、総合庁舎の駐車場だった。 市役所、警察署、消防署、保健所、その他多くの公共施設が集まっている。 この中のどこに用があるんだろう? っていうか、こんな時間に開いてるのなんて、警察署と消防署くらいじゃない? 私、自首しなきゃいけないような悪いことなんてしたことないわよ!? 私がそんなことを思ってると、直樹はスタスタと警察署とは反対方向へ歩いていく。 えっ? こっちは……市役所? 私は、慌てて小走りで直樹を追いかける。 直樹は、ためらうことなく、市役所の夜間受付に向かう。 「直樹?」 私は直樹の後ろから声をかける。 けれど、直樹は返事をすることなく、ジャケットの内ポケットから、1通の封筒を取り出した。 ん? 市役所の封筒? それも、ちょっと古いデザインの。 最近の市役所の封筒には、2年前に公募で決まった市のマスコットキャラクターのイラストが大きく描かれてる。 直樹が持ってる封筒には、市役所の住所などしか書かれていない古いタイプのもの。 あんな古い封筒、どこから持ってきたんだろう? 疑問に思いながらも、私は直樹の背中越しに、その封筒を見つめる。 直樹は、封筒から一枚の白い紙を取り出した。 なんだろう? 私は、よく分からないままぼんやりとその姿を眺める。 「婚姻届ですね。はい、不備は……ありません。受理致しました」 えっ? 婚姻届!? 「ちょっ、直樹、結婚するの!? 誰と!?」 驚いた私は、後ろから直樹の腕を引いた。 振り返った直樹は、事もなげに告げる。 「俺とお前のに決まってるだろ?」 俺と……お前の……? 「……はぁぁぁ!?」 私は、市役所の職員さんの前で、素っ頓狂な大声を上げた。 あり得ない! なんで!?
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