5人が本棚に入れています
本棚に追加
「……お母さん、まだ見つからないの?」
虚空を見つめるような少女に、僕はできるだけ優しく問いかける。
「……もうずっと、お父さんもお母さんも、わたしを1人にして、会いに来てくれないの」
少女は俯いてかぶりを振った。
「いい子だねって言ってたのに……ずっと一緒だよって、お母さん言ってくれたのに!」
少女は感情を取り乱して、今にも泣きそうな顔をする。
「大丈夫、落ち着いて……」
僕が少女の背中をさすってやると、彼女は少し落ち着いたようだった。
「やっぱり、わたしは悪い子だったのかな……病気になんかなっちゃったから、お母さん、私のこと嫌いになったのかな……」
ぽつりと呟いた少女。
病気……重いものなのだろうか?
「そんなこと……」
ない、なんて言いきれなかった。僕はこの少女の母親を知らない。会ったことも話したこともないのだ。
いくら母親とはいえ人間だ。病気になって手がかかる娘を、面倒に思い嫌になる可能性だって否定できない。
「……そうだ。ねぇ、だったらお兄さんがわたしと一緒にいてよ。ずっとここに、わたしのそばにいてよ」
「……え?」
縋るように僕の右腕を握る少女の手は1週間前のあの弱々しさからは考えられないほど強く、そして氷のように冷たい。
……逃げないと。
本能的にそう感じた。この少女と一緒にはいられない。
「ごめん、僕は今日、帰らなきゃいけないんだ」
「なんで? なんでお兄さんまでわたしから離れるの?」
少女の手を解こうとすると、彼女の爪が僕の腕を引っ掻く。
「いっ……」
引っ掻かれた部分からすっと赤く血が滲んでいた。
「酷い、そんなの酷いよ。わたしに優しく話しかけてくれたでしょう!? あれも嘘だったの? お母さんみたいに、優しいふりだけだったの!?」
少女は泣き叫びながら、先程引っ掻いた僕の傷口に、また爪を食い込ませてきた。
「い、痛いよ……ちょっと落ち着いて。爪……爪立てないで……」
「何しとる!」
恐怖と困惑で抵抗することすら難しくなってしまったその時、聞き慣れた声が鋭く耳に届く。
「と、時子、さん……?」
少女は時子さんの大きな声に驚いたのか、僕の腕をぱっと離すと怯えたように走り去った。
「栄也……忠告は散々したじゃろ?」
「……すみません」
「着いて来い。傷、見せな」
時子さんは背を向け、家に向かってゆっくりと歩き出す。静かに怒っているようだったし、僕の無事(軽傷はあるものの)を安堵してくれているようでもあった。
最初のコメントを投稿しよう!