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夕方、時子さんは僕をバス停まで送ってくれた。
「そういえば、あの少女の父親はどうしてるんですかね? ずっと会ってないって言ってましたけど……」
あの少女のことを口にするのは少々抵抗があったが、やはり気になってしまう。
「さぁ、それはわからん。が、ここにいないということは、どこかで生きているということじゃろう……」
「……え?」
「栄也、あの絵はとても美しい。栄也の心が美しいからこそなのじゃろう。お前は絵描きに向いておる。お前が望むならそうなればいい……」
僕の記憶の中では、それが時子さんの最後の言葉。
はっと目が覚める。
気づけばもう、バスの終点、東京行きの電車が通る駅はもうすぐだった。
バスを降り、込み合った電車の中で、僕が1週間滞在した村の名前を必死に検索する。
……1件もヒットしなかった。
あれは夢だったのだろうか、それとも……。
そんなことはどうだっていい。時子さんは確かに僕に、新たな夢をくれた。
東京でつまらない日々を過ごしていた僕が、ずっと探し続けていた夢。
今はただ、それに向かって進むだけだ。
僕は最寄り駅で電車を降り、実家に電話をかける。
まずは親を説得しなくては。
僕の胸は新たな期待に満ちていた。
時子さんが手当してくれた右腕の傷は、うっすらと赤く残っていた。
[完]
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