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洋子さんはこれでしょう、なんて言って、彼が勝手に注文したパフェは案外大きかった。ラッパ状の背の高いガラスの容れ物から、みずみずしいメロンやリンゴが飛び出している。花嫁のブーケのようなデザートだ。
「真ん中のはイチゴですか? 真っ赤でかわいいですね。洋子さんの唇みたいだ」
私の顔が熱を持つのが分かった。ここまで気障な男を生み出してしまうとは、自分の妄想力が怖い。私はつい、イチゴにフォークを刺して最初に食べた。熟れた苺は想像以上に甘かった。
「こんなの初めて食べるわ」
「洋子さん、一口」
彼はテーブルに身を乗り出して口を開けた。
「えっ、いや、ダメよ!」
「くださいって」
優しいけれど鋭い切れ長の目が私に突き刺さる。有無を言わせない強引な年上に憧れていた、15歳の私が考えた理想の目。
ここまで妄想どおりだと怖くなってくる。彼の言うことなら何だって聞いてしまいそう。
リンゴにクリームを乗せて、彼の口に入れる。彼がリンゴを半分かじるとき、サクッと爽やかな音がした。
「おいしいですね」
満足そうなその顔。
「変な感じ」
「なにがです?」
「息子たちが赤ん坊のときのことを思い出しちゃった。離乳食をスプーンで食べさせてた頃のこと」
今はもう大人だが、双子の息子の幼い頃が頭をよぎった。
「ずっと泣いてるのよ。もうね、四六時中。片方の機嫌を取るともう片方が泣き出すでしょ。それでまた片方も泣き出すの。その体力と水分はどこから来てるの、ってくらい泣いて大変だったわ。でもね、食べてる間は大人しいのよ。不思議よね」
フォークに残った半分のリンゴを、私は自分の口に放った。歯と歯の間にまで果汁が染み込む。
「でね、あの人ったら全然手伝ってくれないの。男は仕事、女は家庭だって。仕方ないわね、昭和はそれが普通だったから。でもずっと会社にいるわけじゃないし、家にも帰ってくるでしょう。子どもが3人いるようなものよ。もう邪魔で邪魔で——」
「洋子さん、ご主人の話はちょっと」
目の前の彼は恥ずかしそうに目を逸らしている。
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