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「ごめんなさい、不倫しているみたいだわね」
「洋子さんは素敵な女性だから、ライバルが多いのも仕方ありません」
「そんなこと言って。もう一口食べたいのね?」
「洋子さんがよければ」
あーん、と大きく口を開けた彼に、グレープフルーツを放り込んだ。親鳥が帰るといっぱいに口を開ける雀の雛みたいだ。
「酸っぱいですね」
「私、グレープフルーツは食べないの」
「どうしてです?」
彼が興味ありげに身を乗り出した。整った顔に見つめられるのが恥ずかしい。パフェに視線を落とし、スプーンでかき混ぜる。
「昔ね、誰だったかしら、忘れたけど貰ったのよ。グレープフルーツなんて日本にはなかったでしょう? グレープっていうくらいだからブドウみたいなものかと思ったら、全然違うのね、アレ。皮は硬くて手で剥けないし、どうしましょうって主人に聞いてみたの。そしたらあの人、グレープフルーツに親指を突き刺して、メリメリと皮を剥き始めたのよ」
パフェの層がなくなり、綺麗に混ざってきた。
「でもね、とっても酸っぱくて食べられたものじゃなかったわ。主人も悲しかったみたい。ブドウの味を想像してたんじゃないかしら。何も言わずに全部食べてくれたけど、あれは意地ね、意地。それ以来、なんとなくグレープフルーツを買わなくなったの」
ぐちゃぐちゃに混ぜたパフェを一口食べると同時に、彼の寂しそうな顔が目に入った。飼い主に置いていかれた犬のようだ。
「洋子さん、ご主人の話は」
「ごめんなさい。私ったら、主人以外の話を持ってないのかしら」
「ねえ、スプーンを僕に貸してください」
彼が私の右手を撫でた。驚いて離したスプーンを彼が取る。
「あーん」
「あの、もういいわ」
「恥ずかしいですか?」
「お腹がいっぱいなのよ」
「いつもペロリと完食していたではありませんか」
それは15歳の妄想だからだ。
「本当にお腹いっぱい。もうおばあちゃんだから、あまり食べられないの」
「そんなことないですよ、あーん」
最後の一口よ、と断って、彼が差し出すスプーンを口に含んだ。溶けたバニラアイスは余計に甘かった。彼が嬉しそうに笑い、その笑顔を目に焼き付けるように凝視した。
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