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第9話「肉が」
「ヘタクソ!」
グラウンドに恭矢の怒号が響く。すんません!とどんすけが謝った。一年が内野に入った守備練習が、思うようにいかないことに恭矢はイラついていた。一年たちはビビる。
「何回同じミスしてんだ!バカッ!
「まー、まー、んじゃ、もっぺん行くぞ!」
だおがなだめ、どんすけに、ノックしようとしたとき。
「キャー!!」
久美子の叫び声だった。だおはバットを放り投げると、一目散に声のした方へ走る。部室だ。他の部員も続こうとするが、優大に行かなくていいと止められる。
「くーちゃん!どーした!?」
部室では久美子が身を縮め、恐怖に顔を歪めていた。
「だおちゃん、ヤツが出た…」
「ヤツ!?」
久美子の指差す先にはゴ◯◯リがいた。
「なんだ。ゴ◯◯◯か」
だおは拍子抜けした声を出した。久美子とだおの数メートル先で、止まっていたかと思えば、カサカサと動き出した。
「いやー!!」
久美子はだおにしがみつく。やばい。興奮する。
「俺に任せろ!」
だおはヤツの目の前に歩み出た。脚を広げ、手で顔を覆う、通称ジョジョ立ち。
「ふっ、俺に見つかって災難だったな。だお中の四番、神の目を持つこの俺から逃げられると思うな…」
「そんなのいいから!早く!」
だおは手元にあった雑誌を丸め、一発で仕留めた。
だおと久美子は何か言い合いながら、グラウンドに戻ってきた。
「あの雑誌!!まだ一ページしか読んでないのに!!」
「汚れた裏表紙だけ、捨てればいいじゃん」
「あらー、夫婦喧嘩ですか?」
片岡が笑っている。
「だおちゃんってさぁ、後先考えずにやっちゃうことあるよね!」
「なんだよー。くーちゃんがやれっつったのに!」
「何も考えず、その辺の雑誌使わないで!」
「さすがに素手ではできないっしょ」
優大がボソッとつぶやいた。
「ほっとけ。そのうち、またゲラゲラ笑ってるよ」
ノックが再開され、また恭矢の怒号が飛ぶ。
「ヘタクソ!」
数十分後。
「なぁ、久美子知らねー?」
優大が頭をポリポリかき、グラウンドでシートノックしている部員たちに声をかけた。
「そういえば、見ないっすね」
「うんこじゃないっすか?」
「割りばしねーかな?早くしねーと、ラーメン伸びる」
優大の手にはカップラーンが握られていた。
「食料調達だよ、きっと。そのうちからあげ棒たべながら現れるよ」
が、十五分経っても、姿は見えなかった。
「ちょっと心配ですね」
「コートの下裸おじさん、学校内でも出没してるらしいですしねー」
「それを早く言え!」
だおがどんすけにチョップをする。
「ちょ、練習一旦中断!マジで探そう!」
だおが焦った顔になる。
「ったく。めんどくせーなー」
恭矢はブツブツ文句を言いながら、グローブを外した。野球部は、別れ、校内を探しに回った。
「久美子せんぱーい!どこー?」
せんぱーいという自分を呼ぶ声がどこか遠くで聞こえる。
「何してんだよ」
久美子は真後ろからの声に、振り向こうとするができない。久美子は倉庫の扉に体が挟まり、お尻を突き出した格好で動けなくなっていた。
「その声は恭矢!あのね、石灰、補充しに来て、扉、ちょっとしか開かなかったけど、体入れて無理矢理こじ開けようって思ったら、そのまま挟まって出られないの!」
「AVの撮影かと思ったわ。みんな、けっこー本気で探してんぞ」
久美子は挟まっているのは、白線を書く石灰を保管してある倉庫だった。グラウンドから離れた場所にあるので、野球部どころが滅多に人が通らない。十数分は挟まったままだった。お腹の肉が痛い。
「とにかく、助けて!恭矢なら開くでしょ?こんな無様な姿、だおちゃんにだけは見られなくない!」
「なんだよ、さっきは喧嘩してたくせによ」
「それは…」
ニヤニヤした顔で恭矢が久美子のケツを眺めた。
「お前、いつまでジラすつもり?」
「ジラしてんの、恭矢」
「ちげーよ、だおのことだわ」
「え…?」
ちえ子の声とバタバタ走る音がする。足音は二人のようだ。
「久美子先輩のケツ、遠くから見てもよくわかりました!」
どんすけもいた。
「何してるんですか?」
「もう、集まってこなくていいよー!」
騒いでいたからか、ヤモリも片岡も集まってきた。男が数人集まったのに、一向に救助されない。
「ねぇ、何、みんなして、ぼーっと突っ立ってんの!?早く助けてよ!!」
「…ぷふっ…」
「…ま、待ってくださいよぉっ、笑うのこらえて、力、入りそうにないっ」
「ひ、うひっ、なんで、こんなことにっ」
みんな、久美子のおしりを前に、取り囲むように笑っていた。。
「みんなサイテー。もう、こんなのいじめじゃん…だおちゃん助けてよぉ…!」
「くーちゃん、大丈夫!?」
自分で助けを求めておいて、本当は見られたくない人に見られてしまった。目の前の、自分の影に重なるように、背の高い男の子が扉を掴む。
「だ、だおちゃん…」
「くーちゃん、今助けるね!」
ギギギと音を立て、扉はいとも簡単に開いた。久美子がその場に座りこむように、崩れた。だおは顔を覗きこむ。
「くーちゃん、大丈夫?おっぱい、壊死してない?もぉー!心配したんだからね!」
久美子はお腹をさする。きっと痕が残っているだろう。
「…私、柴田久美子、ダイエットします!!もう食べ物与えないで!!」
そのときから、部員たちがおやつを食べている姿を、久美子は死んだ目で見ることになった。
「久美子先輩、顔、すっげーブスですよ」
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