第11話「ノリノリ」

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第11話「ノリノリ」

夏の大会、五回戦(準々決勝)。四-〇とうら中の圧勝で終わった。 「いえーい!」 「うほほいほぃ!」 当初の目標達成だ。部員たちはテンションが最高潮で、意味不明なことを喚きながら、球場から最寄りの駅まで飛び跳ねて帰っているところだ。 どんすけとヤモリは指で数を数えながら、ニヤニヤする。 「今日勝ったっしょー。明後日勝ってー、次も勝ったら…?」 「まさか、まさかの優勝狙えちゃうんじゃね?俺たち」 「やばっ!」 片岡が久美子のところに転がってきた。相変わらず、近い。 「聞いてくださいよぉ、久美子先輩!俺、大会始まってから、女の子と遊んでないんですよ!」 「すごいじゃん!」 片岡にしては偉い。後輩の大会への熱の入りように、だおも嬉しそうだ。 「片岡、今日、ツーラン打ったもんな。やればできんじゃん」 「俺、実は才能あるかもー!」 駅の改札を通り、ホームでちえ子がハッと立ち止まる。 「あれ?恭矢先輩いなくないですか?」 周りをキョロキョロしていると、アイスを食べながら、のんきに恭矢が歩いてくる。 「コンビニ行ってた」 「えー、荷物後輩に持たせて、先輩だけずるいです!」 「俺、ピッチャーだから、右手は荷物持てねーし、左手はアイス持たないといけねーし」 「アイス、そんな重要!?」 恭矢は、ホームの椅子に座る久美子をみつけると、横に座り、ほいと何かを渡した。 「久美子、これやるよ」 差し出されたのはアイスだった。恭矢が食べているものと同じだ。 「うそっ!?くれるの?やさしーじゃん!」 「お前これ、好きだろ?」 「そうそう!」 久美子はすぐさま、袋を開けると、アイスにかぶりついた。チョコミントの香りが口いっぱい広がる。 「おっまえ、ダイエット中じゃなかったのか(笑)」 「くれたの、そっちじゃん。今日は勝利祝いだからいーの。てゆーか、急に何?また、めんどくさいこと頼もうとしてるでしょー」 「別に。お前には、アイシング用意してもらったりしてるからな」 試合後、ピッチャーの肩と肘を冷やすアイシングの用意は、マネージャーの久美子の仕事だった。恭矢はすぐ用意しろだの、つけ方がどうのこうの、姑なみに小言を言ってくるので、それはそれは大変な仕事だった。 「肩、痛かったりしない?」 「んー、張ってる、かな。痛くはない」 それを遠くで、だおがムスっとした顔で見ていた。なんか楽しそう。 後輩たちが久美子たちの周りに集まりだす。 「恭矢先輩ご機嫌っすねー」 「ノーヒットノーランだぞ」 ヤモリが身を乗り出す。何も考えてないような顔で片岡が聞いた。 「それって、そんなすげーの?」 「すごいよぉ。初めて見たもん」 久美子まで興奮する。今日の試合、恭矢は一人フォアボールを出してしまったが、ノーヒットノーランをやってのけた。練習試合を含め、久美子は初めて見た。敵チームがやっているのさえ、見たことない。 恭矢は顎に手を当て、少し考えるような素振りをする。 「あれだな、俺って天才かもしれねーな」 優大がすかさずつっこんだ。 「かもしれないじゃなくて、天才だわ!あんな速くて、手元で伸びる球!んで、それを捕ってる俺も天才だからな!」 周りが笑う。だおは柱に手をついて、変なポーズをとる。 「んじゃ、それをサポートしている、俺(ショート)も天才ってことで」 「じゃー、それを応援している私も天才だよね」 久美子もドヤ顔で胸を張った。 「天才多くないですか!?」 ちえ子がつっこんだところでやっと電車が来た。何も持たずに、車内に乗り込む恭矢。後輩たちは協力し合って、荷物を持ち、後に続く。久美子も忘れ物はないか見回し、最後は乗車した。 学校に荷物を置き、久美子とだおは二人で帰った。神社の前まで来ると、だおは突然立ち止まり、鳥居を見た。 「だおちゃん、まだ練習するの?」 「恭矢、ノーヒットノーランやったし、負けてらんないっていうか」 「だおちゃんだって、四打席三安打だったじゃん」 「んー、まぁね」 久美子の言う通り、決してだおの成績も悪いほうではなかった。大会中、ですでに三本もホームランを打っている。恭矢のノーヒットノーランだって、だおのファインプレーのおかげでもあった。 「じゃあ、私も手伝うよ。何して欲しい?」 明日は六回戦。ついに、準決勝だ。 気合いの入った練習が終わり、片付けも済み、帰るか、と思ったところで、ヤモリの大きな声が響いた。 「やろーども!集まれ!」 はい!と元気な声と共に部員が集まる。なぜか久美子の周りに半円になった。何?何?と驚く久美子。全員集まったことを確認すると、ヤモリがまた大きな声を出す。 「七月二十八日は、久美子先輩の十四回目の誕生日です!」 言われて思い出す。自分の誕生日なんてすっかり忘れていた。この流れは誕生日プレゼントだろうか。少しワクワクする。 「「「おめでとうございます!!」」」 「いつも、お茶用意してもらってありがとうございます!」 「いつも、シャトル投げてくれてありがとうございます!!」 「俺たちが練習に集中できるのも久美子先輩のおかげです!」 「これ!誕生日プレゼントです!」 ヤモリが背中で隠していた手を久美子に差し出した。手汗でふにゃふにゃになった四つ葉のクローバーが握られていた。 「ん?」 「怪我しないようにと勝利を願って!四つ葉のクローバー!」 久美子は必死に苦笑いを隠した。もっと気の利いたものくれればいいのに。でも、やっぱり、嬉しい。こうやって時間を作ってくれたことだけでも。 「ありがと」 久美子クローバーを笑って受け取った。 「探すの大変だったんですよー!」 「五日かかりました!」 「でも、これだけじゃないでしょ?明日の試合の勝利もプレゼントしてね!」 「もちろんです!」「はい!」 気合いの入った声で返事をしてくれた。 部員の士気が上がったところで、だおがひと際大きな声を出した。 「よっしゃ!明日はおに中とだ!去年ボロ負けした一筋縄ではいかねーチームだ。けどな、俺らだって、マジがんばってきた!やれることはやった!絶対勝とうぜ!!」 「はい!!!」 部活は解散になった。今日は明日に備え、休養するということだったので、だおと後輩たちとのこそ練もお休みだ。 優大と恭矢は作戦会議の続きがしたいということなので、久美子とだおは二人で帰った。 昨日食べたクリームパンがおいしかったとか、近所の野良猫に子どもが生まれたとか、他愛もない会話が途切れると、だおが大きな息を一つ吐いた。 「はぁぁぁぁ…明日おに中とかぁ…。一本もヒット打てなかったらどうしよう…」 「もう、だおちゃんらしくなぁ、どうしたの?さっき勝ってやろうぜって、意気込んでたじゃん」 「だってさ、みんなのいる手前、ネガティブなこと言えないじゃん」 だおは少し恥ずかしそうに下を向きながら言った。 「ホントは俺、豆腐メンタルなんだよ。でも、弱音って口に出すとマジで起こりそうだし、周りのみんなにまで弱気伝染させたくないし…。強がって、テンションで乗り切ろうとしてるだけなんだよ」 常にポジティブでバカっぽいだおから出た、意外にも弱気な言葉だった。最初は少し驚く久美子だったが、しっかりとだおの顔を見た。 「かっこいいね」 「え?どこが?」 「自分の弱いとこ、認めてるの、かっこいいよ。……いーの!それで!そりゃビビるに決まってるじゃん!勝負だもん!でも、みんな、だおちゃんの声がけやプレーでポジティブになれてんの!そーゆーもんだよ」 久美子の言葉に、だおは、肩の力が抜けた気がした。 「ありがとう…!…俺はね、くーちゃんがいてくれるから、元気が出るんだよ!くーちゃんにかっこいいとこ見て欲しいから…気合い入る」 照れた久美子は鞄の肩ひもを不必要に握りにしめながら、顔を赤くした。 「だおちゃんなら、大丈夫だよ。あんなにいっぱい練習してきたんだもん。一年生もいっぱい練習みてあげたし、去年より守備格段によくなったもん!大丈夫!明日、がんばろうね!」 「うん!…誕生日プレゼント、明日渡すから!」 「楽しみにしてます」 「やっぱ来たか…」 その夜。トイレから出た久美子はため息をついた。わかってはいたものの、やはり萎える。 だが、今回は貧血対策は万全だ。大会中に休んではいられないからと、二週間前から、大嫌いなレバーをはじめ、ひじき、ほうれん草、あさりなど鉄分豊富な食材を食べてきた。鉄分の吸収力を高めるビタミンCも摂ってきた。これだけやれば、貧血は大丈夫だろう。あとは、体を冷やさないようにして、痛みと戦うだけだ。久美子は痛み止めを飲み、明日に備えて早くふとんに入った。そうだ、明日になったら、誕生日プレゼントがもらえる。いっぱい応援してたら、痛みなんて忘れてるよ。
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