第13話「病院」

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第13話「病院」

病院で治療を受けただおは、そのまま入院にすることになったと野球部のLINEで久美子は知った。 試合後、必ず反省会が行われる。いつも通りの八時に部室集合だった。 部室では一年生のヤモリたちがすでに集まっており、四人でしゃべっていた。 「だお先輩、大丈夫かな…」 「ちょっと休めば、治る怪我ならいいけど」 「俺は久美子先輩も心配だよ。めっちゃ泣いてたじゃん」 「恭矢先輩、あそこまでキレなくてもいいのに」 ヤモリが昨日の恭矢の怒りようを思い出し、顔をしかめた。 ちえ子が人差指を立て、口に当てる。それを見たヤモリたちはしゃべるのをやめ、耳を澄ませた。足音がだんだん近づき、ガチャッというドアの音で、全員ビクッと体を震わせる。 「おはよーございます!!」 「おはよ」 部室に優大と恭矢が入ってきた。優大だけが、ぽつりと挨拶をしただけで、恭矢は無言だ。それだけで、恭矢の機嫌がまだ直っていないのがわかり、後輩たちに緊張の糸が張りつめる。少々無神経なところがあるどんすけも、ヘラヘラしてる片岡も、機嫌の悪い恭矢にだけは話しかけられなかった。 ヤモリが意を決し、優大に話しかけた。 「…だ、だお先輩は?なんか聞いてますか?」 「いや。LINEで入院するって聞いただけだ。怪我の具合とか、詳しくはわからん」 「そう…ですか…」 「………大丈夫なのかな…」 「気になるよね…」 重い空気のまま一年同士で顔を見合せる。 「あんま、連絡すんなよ。思ったより、酷い怪我なのかもしんねー。…久美子は?」 「まだ、来てないみたいです」 優大は小さくため息をつくと、机の横に鞄を置き、椅子に座った。 「反省会するぞ」 「はい」 部員たちはメモ帳とペンを持ち、パイプ椅子や地べたに適当に座った。 優大は久美子が書き込んだスコアブックと自分のノートを机に広げた。ノートに視線を向けたまま、張りのない優大の声が、静かな部室に響いた。 「対戦相手は鬼浜中。一-一、七回の裏で棄権。六回戦不戦敗。…んじゃ、俺の所感な。んっと、おに中の守備が固く、相手のペースを崩せなかった。相手のピッチャーが定期的甘い球入ってくるのにそれを生かせず…」 優大が淡々と反省点を述べて行く。後輩たちは黙って聞き、時折、メモを取る。 うら中の守備の話になり、ちえ子のエラーが触れられる。恭矢が機嫌の悪そうな声でつぶやく。 「あそこでアレはねーわ。マジ萎えた」 「本当すいませんでした…。ランナーがホームに返ると点が入ると思って、緊張してしまって…」 恭矢にビクビクしながら謝るちえ子にさらに恭矢は言葉を止めない。 「お前はあの一球で一点入るかもしれないって思ったかもしんねーけど、俺なんか常に思ってんだぞ。今投げた一球がホームランにされるかもしんねーって」 「すいま…せん…」 ちえ子は絞り出すように言った。今にも泣きだしそうだ。ヤモリがビビりながらも口を挟む。 「…ちえ子も謝りましたし、もういいじゃないですか」 「ミス繰り返さねーならな」 「なんでそんなプレッシャーかけてくんですか!それでミスっちゃったよーなもんじゃん!」 「あ?」 「恭矢先輩の言い方がキツいからって、一年、俺ら以外みんな辞めちゃったし!そいつらがまだいたら、だお先輩と交代して、試合続行できたかもしれないじゃないですか!」 「それくらいでやめるやつが、部活続けられるか!」 「恭矢先輩が怒鳴るから、久美子先輩部活来ないんですよぉ!」 どんすけまで喚き始める。片岡もなにか言い出し、恭矢が言い返し、部室が怒鳴り声で溢れる。 どん!という大きい音に全員、動きを止める。優大が拳で机を叩き、睨んでいた。 「おい、黙れ。意見を言いたいなら、冷静に言え」 「…すんません」 「今日はもう終わりだ」 「え、練習しないんですか?」 「したいやつはしてけ」 優大は立ち上がり、部室出た。ドアの近くに久美子が突っ立っていた。 「いたのか」 「優大、これ」 久美子は手で握っていた紙を渡した。 「なんだよ、退部届け?」 「私がみんなの邪魔してるから」 「おい、待てよっ」 久美子優大を無視し、走って行ってしまう。後輩たちが呼び止める。 「せんぱーい!戻ってきてくださーい!」 「先輩のこと責めてる人なんていませんよー」 久美子は振り返らなかった。 翌日、久美子は部活に行かなかった。久しぶりに半日、布団の中で過ごした。余計なこと考えたくないから、寝てしまいたかったのに、人間そう都合よく何時間も眠れるばすもない。スマホはLINEの通知がうるさいので、鞄の中に入れたままだ。 諦めて、夕食の支度をすることにした。スーパーに行くため、財布を持ち、玄関を出た。すでに夕方の時間だった。 地面に転がる小石を眺めながら、歩いていると、だおとキャッチボールしている神社の鳥居が見えた。久美子はそのまま、鳥居をくぐった。 この神社、こんなに広くて静かだっけ。 久美子は拝殿の前に行くと手を合わせた。目を閉じ、祈る。 「だおちゃんの脚、早く治りますように!だおちゃんが、また、笑って、野球できますように!神様、お願いします!だおちゃんが野球やってるとこ、また見せて…!」 返事をするかのように、竹が風に揺らされ、ざわざわと音を立てた。久美子は拝殿にお辞儀をすると、また鳥居へ歩いて行った。 鳥居を抜けると恭矢がいた。グローブとボールを持っている。優大とここでキャッチボールする約束でもしてるのだろう。 恭矢の顔を見るなり、ビクッと体を震わせ、去ろうとする。そのとき、持っていた財布を落とした。 「おい」 恭矢に呼び止められ、足を止めたが、振り返れない。 「落ちたぞ」 拾い上げた恭矢が落としたものを差し出す。久美子は下を見たまま受け取った。 「ありがとう…」 「どんだけビビってんだよ」 「ビビってっていうか、恭矢、怒ってるだろうから…」 「もう怒ってねぇよ。根には持ってるけど」 えー…と久美子はやっと少しだけ笑った。しかし、しばらく無言になる。恭矢が小さい声でぶっきらぼうに言った。 「…悪かったな。怒鳴って」 「………」 恭矢ははぁーと大きく息を吐いた。 「久美子、お前がだおのことどんだけ心配して、あぁなったかってのはわかってるっつーの。そんなに好きなら、さっさと好きつって、付き合ってやれよ。んで、乳でも揉ましときゃ、すぐ治んじゃねーの?」 「…そんなんで治るんなら、その場でやってるよ」 半分泣き笑いのように言った。しかし、久美子はそれ以上泣くことはなく、恭矢の顔を見た。 「ありがと。今から、病院行ってくる」 久美子は走って病院へ向かった。走りながら、あのあと恭矢に言われたことを思い返した。 「言葉、ちゃんと考えて言えよ。あいつにはお前の言葉は人一倍聞こえて、人一倍強く心に残るんだよ」 いつからだろう。久美子だって、だおの言葉が、表情が、存在が、心に強く残るようになったのは。だおちゃんのことで、ものすごく嬉しくなったり、ドキドキしたり、心配になったりするようになったのは…。 病室の前に着くと目の前のドアは少し開いていた。ふーっと大きく深呼吸をする。走ったからか、それとも違う理由なのか、心臓がものすごくドキドキする。よし!と気合いを入れたとき、病室からカランと何かが床に倒れる音と、だおの声が聞こえた。 「うおっ!」 「だおちゃん!?」 久美子が慌ててドアを開けると、カーテンを掴み、片足で不安定に立っているだおがいた。 「だおちゃん!!」 久美子はだおのところまで走り、体を抱き締めるように下から支えた。 「くーちゃん…」 だおの顔のすぐ下に久美子の頭があった。女の子のシャンプーの匂いがする。もっと…とバカなことを考えているとぷちっとカーテンがレールから外れた。 「あ」 久美子はだおを支えきれず、体勢が崩れる。だおは久美子の頭を打たないように、右手で覆い、抱きしめた。どさっと音を立てて床に倒れたが、痛くない。 「……ご、ごめん!」 「大丈夫!?」 「全然大丈夫!!」 体を起こし、床に座り込んだ状態で、お互い確認し合う。傾いた太陽が夕日となり、病室に差し込み、二人を照らした。 「………」 「………」 何を言っていいのかわからず、二人は真っ赤になる。その沈黙を最初に破ったのは久美子だった。 「だおちゃん…あのね…言わなきゃいけないことがあって……」 一度ぎゅっと目をつぶって、だおを見ると、はっきりした声で言った。 「好き!私、だおちゃんのこと好き!!」 「えっ!?」 「ごめんねっ、突然。でも、だおちゃんに今、伝えたかったの!!」 だおは顔真っ赤にしながらも、目を輝かせた。 「じゃ、じゃあ、両想い、ってこと?」 久美子はこくんとうなずく。 「っしゃー!!!俺もくーちゃんのこと好き!大大大好き!」 思わず抱きしめる。だおの長い腕は久美子をすっぽりと収めた。温かい体温。白いTシャツの下に毎日鍛えてきた筋肉があるのがわかる。久美子はそのまま、だおの服をぎゅっと握った。 「だおちゃんが…怪我しながらプレーしてるとき、苦しそうな顔見て、胸が張り裂けそうだった…」 久美子の言葉を聞き、だおは勢いで抱き締めていた腕の力をゆっくり抜き、そのまま、優しく抱きしめつづけた。久美子の声が震えだす。 「だおちゃん、ホントにごめんね…。あんなに毎日練習してたのに…私が試合終わらせて…自分で棄権申し出るの辛かったよね…」 「俺の方こそ、くーちゃんにそんな顔させてちゃダメだって思った。…俺は、くーちゃんの笑顔が見たいから、勝ちたかったんだよ」 だおは抱きしめた体をゆっくり離し、久美子の肩に手を置き、真剣な顔で言った。 「一緒に戻ろう!野球部!優大から聞いてるよ。くーちゃんが部活来てないって。俺、次の試合、絶対勝ちたい。くーちゃんに応援して欲しい。勝って、一緒に喜びたい。くーちゃんの笑顔見たい。………俺の気持ち、一年前に言ったことと変わらない。くーちゃん、好きです!付き合ってください!」 「…私、ブスだけど、いいの?」 「ブスかんけーねーだろ(笑)」 優しいつっこみだった。 「私も、だおちゃんのそばにいて、もっと応援したい!」 言い切った。気持ち、全部伝えられた。だおも同じようで、二人で気が抜けたように笑いながら表情を崩した。だおの笑顔が見られ、ホッとしたのか、久美子の目に涙が滲む。 「俺、怪我したはずなのに、今めっちゃ幸せ~。くーちゃんが来る前ね、めっちゃテンション低かったんだ。明日手術するんだって。手術の仕方とか、リスクとか、リハビリとか、いろいろ聞いて…怖くなっちゃって…。でも、くーちゃんに会えて、全部、そういうのふっとんだ!!」 「私なんかでも?」 「くーちゃんだからだよ!」 二人は恥ずかしそうに見つめ合う。好きな人の顔がすぐ目の前にあった。 「両想いってことは、キス、してもいいの?」 「う、うん…」 お互い初めてのキス。やり方もよくわからないまま、目を閉じ、ゆっくり顔を近づけ、唇と唇を重ねた。 だおが怪我をした日から一週間。野球部は次の大会の優勝をめざし、練習をしていた。しかし、今まで練習を引っ張ってきたうるさい男がいないからか、皆、体が重そうだった。 あれ以来、だおがいないだけでなく、久美子も同じように部活には顔を出していなかった。 水呑場で、片岡たち一年生は顔を洗い、休憩しながらつぶやいた。 「あー、久美子先輩、もう、戻ってきてくれないのかなぁ…」 「さびしい…」 ぼーっと遠くを眺めると、はるか何百メートル先の校門から一台の車が入り、ロータリーまで来ると、止まったのが見えた。 ドアが開き、人が降りる。だおだった。久美子が反対側のドアから降りると、すぐだおのところへ回り、松葉杖を渡した。それを見つけた後輩たちは全速力で車に向かって走って行く。 「だおせんぱーい!」 「久美子せんぱーい!!」 足の速いヤモリが一番最初にたどり着き、片岡、ちえ子、どんすけの順にだおと久美子の前に到着した。どんすけはぜーはー言っている。 「待ってました!」 「おー、お前ら心配かけたな!」 「脚大丈夫ですか!?」 「手術は成功だぜ!」 だおは親指を立て、ドヤ顔をした。その表情に後輩たちは安堵する。 「久美子先輩も、戻ってきてくれたんですね!?」 「うん。ごめんね。心配させて…」 気がつくと、優大と恭矢も少し離れたところにいた。 「とりあえず、そんなとこで突っ立ってねぇで、部室来いよ」 部員たちが部室に集合した。だおはパイプ椅子に座り、その隣に久美子は立った。。 「よーし、全員いるな?」 だおの声に、後輩たちは息のむ。もしかしたら、だおの脚について、よくない話をされることだって予想される。 「みんな、心配かけて悪かったな。脚は手術して、今は休ませてる。あと二週間くらいしたら、リハビリ始めるつもりだ。二ヶ月後には練習も再開できるだろうってさ」 それを聞き、後輩たちは顔を見合せる。緊張が溶けたようにしゃべりだした。 「…よ、よかったぁ!」 「二度と野球できないとか言われたらどうしようかと思った」 「キン◯マ縮こまっちったし」 「ばばーん!!さらに重大発表!!!」 だおが人差し指を立てた手を前に伸ばし、注目を集める。表情が和らいでいた部員たちがまた固まった。今度は何を言われるのか、また息を飲む。 そして、だおは満面の笑みで久美子を抱き寄せる。 「俺とくーちゃん付き合うことになりました!」 「………うぉおおおおお!!」 「ぃえええええええい!!!」 一気に歓声が上がる。あるものは立ち上がり、拳を握りしめ、あるものは拍手喝采している。 「おめでとうございます!おめでとうございます!!」 笑みを浮かべているだおの隣で久美子は顔を赤くして、恥ずかしそうにうつむいていた。 壁際にいた恭矢はかすかにほほ笑えみ、優大は後輩たちの興奮しすぎた様子に笑っている。 だおがまた大きな声を出す。 「なお、異論は認める!あるやつ!」 「「「「ないでーす!」」」」 揃った返事が返ってくる。その様子に久美子は目を丸くした。 「みんな、本当にいいの?部活内で恋愛とか、選手とマネージャーが付き合うなんてご法度でしょ!?」 「いーっす!久美子先輩とだお先輩なら」 「文句ないっす」 「誰もお前みたいなブスと付き合えていーなーとか思わねぇからな」 恭矢がいつもの調子でいじる。それをビシッとだおが指指した。 「そこ!俺の女にブスいじりは許さん!」 「へいへい」 「いやいや、みんな今まで通りでいいからね。変に気を遣ったりしなくていいから。目障りとかウザイとか、苦情があればいつでも言ってください!」 それでも、チームメイトたちは不満そうな顔をする者はいなかった。 久美子は改めて、姿勢を正すと、一度深く、長くお辞儀した。それを部員たちは静かに見つめる。 「試合中、大声出して、みんなに迷惑かけて、さらにしばらく部活休んでて、本当にごめんなさい!あの本当に自分勝手なんだけど……マネージャーとして、もう一度がんばらせてください!」 「こっちこそお願いします!!」 頭を下げる久美子に負けず劣らず、後輩たちも綺麗に頭を下げた。 「ボール拾いいつまで経っても終わんないし」 「部室掃除しても綺麗にならないし」 「またお稲荷さん食べたいし」 「もう、優大先輩にコーヒー届けるのめんどくさいし」 「男ばっかだとなんかムサいし」 優大が最後に言うと、笑った。 「久美子が戻ってきたら、助かるよ」 失敗した自分を受け入れてくれた仲間たちの温かさに、久美子は目が潤む。 「…ありがとう、みんな」 優大はポケットから紙切れを取り出した。 「これ、返すわ」 久美子に手渡す。前に久美子が渡した退部届けだった。 「よく考えたら、お前、籍はバスケ部のままなんだよな。これ、もらってもどうもできないし」 「先輩、バスケ部だったんだ!」 「いがーい!」 「じゃあ、久美子先輩はマネージャーじゃなくて、なんなんですか?」 ヤモリの問いに優大は少し考える素振りを見せる。 「ただの世話好き?」 「なにそれー。んじゃ、正式に野球部のマネージャーやるには、バスケ部とケリつけてこないとね」 「ワケありですか?」 「ちょっとね」 またチームメイトたちと楽しそうにしゃべり始めた久美子に、だおは安心するように笑った。そして、ひと際、声を張った。 「お前ら!棄権させて、ホント悪かった!さっさとこの脚直して、もっと練習して、次は絶対優勝しような!」 「おぉー!」「はいぃ!」 だおは通院のため、帰る時間になった。久美子も付き添う予定だ。 ついでにトイレに行きたいと言い出したので、優大と片岡が介助のため、一緒についていった。最寄りのトイレはすべて和式なので、松葉杖ではキツい。男性用便器の前に立ち、両サイド支えてもらいながら、済ませるらしい。 その間、久美子と恭矢はトイレの前の廊下で、荷物を持って待っていた。 「恭矢、ありがとね。あんたの最後のひと押しで、だおちゃんに気持ち、伝えられた、かも…」 「よかったじゃん」 珍しく気持ちよさそうに笑う恭矢。久美子は初めて見たかもしれないと一瞬固まる。今夜は槍が降るかもしれない。 「これで、一か月で別れたら爆笑だな」 「別れません。ブスに二言はねぇよ」 「さすがブス」 わぁああああ!と騒がしい声がトイレの中から響く。 「もー!だお先輩のおしっこ、ちょっとかかった!」 片岡が文句を言いながら、先に出てきた。続いて優大、だおが数歩遅れて、松葉づえで出てくる。 「乾きゃわかんねーって!」 「いーやーだぁー!!」 片岡が騒ぎ続ける中、恭矢がだおの鞄を久美子のお尻にぽんと当てる。 「ほら、行けよ」 あたっとお尻を押さえ、鞄を受け取ると、だおのもとへ行った。 「行こう」 「うん。トイレサンキューな。んじゃ、また明日!」 だおは優大たちに手を振ると、久美子に付き添われながら、ゆっくりと、学校を後にした。それを見送る恭矢の顔は穏やかだった。 校門まで着き、周りを見渡すが、迎えらしき車はない。数分前にタクシーを呼んでいたが、まだのようだ。だおはチラッとスマホで時間を確認する。 「あと五分くらいかな」 あと五分か…。二人っきりで待つって、少しドキドキする。まだ時間はある。実はまだ言いたいことがあった。言おうかどうしようか悩む。別に言わなくてもいいことだけど、言ったらきっと、だおちゃんは喜んでくれると思う。 「…だおちゃん」 「ん?」 「うんと…まだ、言い忘れてたことあった」 「何?何?」 「あのね…」 久美子は少し周りを気にしながら、だおの耳元に口を近づける。だおもそれに合わせて、頭を傾けた。 「だおちゃんの野球してるとこ、カッコよかったよ。ヒット打ったとこも、ファインプレーしたとこも、後輩励ましてるとこも、怪我させちゃった相手チームの子を許してたのも、真剣な顔も、腕の筋肉も、全部、カッコイイ……だおちゃん?」 だおは顔を手で覆っていた。息、できていないかも…。 「……待って、そんないっぺんに言われたら…俺、パンクしそう…」 顔が真っ赤なっている。可愛い。二人はもう一度、顔を見合わせると、恥ずかしそうに笑い合った。
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