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第6話「女ってめんどくさい」
十一月になった。やっと暑さから解放されたと思ったら、今度は寒さに体を痛めつけられることになる。
風が冷たい中、グラウンドで、練習の邪魔になりそうな小石を拾っていると、女子三人組が久美子に声をかけた。
「あの、私たちも野球部のマネージャーやりたいんだけど」
名札を見ると、久美子と同じ一年だ。スカートが短く、髪の毛は縮毛矯正だかパーマだかをかけ、眉毛を整え、マスカラをし、いかにもカースト上位っぽい女子たちだ。以前、恭矢にお弁当を渡してたのとは違う女子だっ。どんだけモテんだよ。
とりあえず、相手は優大に任せようと立ち上がったとき、黄色い声援が上がる。
「きゃー!あれ!恭矢くんだよ!」
「かっこいい!」
「ユニフォーム似合う~!」
久美子がマネージャーをやっているのを見つけ、自分たちも恭矢に近づこうと来たのだろう。何事かと、優大が様子を見に来た。
「マネージャー希望?」
「うん。こんなにマネージャー増えたし、私は用済みね」
恭矢狙いのカースト上位女子たちと一緒にマネージャーやるなんて、ごめんだ。立ち去ろうとすると、二の腕を掴まれる。
「だめ」
「なんで?」
「あいつら、まだマネージャーとして仕事覚えてねぇし。つーか、あの恭矢狙いのファッションマネージャーどもが続けると思うか?」
「ううん」
すでに女子たちは久美子と優大の存在は完全に無視し、恭矢の動作一つ、いや、まばたき一つに歓声をあげている。
「お前だって、なんやかんや楽しそうにやってんじゃん」
「まあね」
とりあえず、マネージャー志望の女子たちには体験入部ということで、部活を手伝ってもらうことになった。
久美子も一緒に部室の掃除をしていると、ノック終了ー!の声が聞こえる。
「ちょうど、掃除も終わったし、球拾い手伝いに行こう」
久美子が掃除道具を置き、グラウンドに向かおうとする。しかし、ファッションマネージャーたちは長椅子に座り、動こうとしない。
「あー、それは柴田さんお願い」
「え?」
「日焼けしちゃうから」
「冬じゃん。そんな紫外線強くないじゃん」
「寒いし」
「冬だからね」
「リップしてるから、飛んできた砂付いちゃうんだよねー」
ファッションマネージャーは手を広げて言う。
「ほら、ここでできることってあるでしょ?ボール拭くとか。ドラマで見たよ、そういうのやるんでしょ?」
「あー、じゃあ、バット拭きお願い。雑巾はあれね」
久美子が指差すケースには汚れたバットが大量に入っていた。久美子はそれだけ指示すると、ボール拾いの手伝いに走った。
「バットおもぃー!」
なにやらかわいこぶった女子の声が聞こえてくるが、久美子は振り返らなかった。
部活が終了し、いつも通り、久美子たちは一緒に帰った。ファッションマネージャーたちは初日で疲れちゃったからと三十分活動しただけで帰った。恭矢といるとこを見られなくてよかった。
歩きながら、だおが言った。
「マネージャー希望の人、たくさん来てくれたけど、みんな続くかなー?」
優大が苦笑いする。
「どうだろな。汗かく、日焼けする、重い物運ぶって、結構マネージャーの仕事きついもんな」
「そんなマネージャーの仕事を全うしてる久美子。…さすがブスだな」
「ブスかんけーねーだろ!」
「ブスな分、奉仕活動で魅力カバーしなきゃいけねーしな。この調子でがんばれよ」
「言われなくとも!」
褒められた気はしないが、ブスの根性見せてやろーじゃん!と久美子が意気込む。つられるように、だおも隣で意気込み始めた。
「明日、ただの練習試合だけど、絶対勝つ!」
「そうだね!勝とう!」
明日はたかが練習試合だが、久美子たちは気合いが入っていた。相手は夏の大会で敗れたおに中だからだ。リベンジしたいのはもちろん、データも取りたいし、相手チームの観察だってしたい。だおと久美子は気合いを再確認し、家路についた。
十月二十九日土曜日、午前六時十五分。おに中との練習試合当日。
「ぬ、おぉぉぉ…」
久美子は這いつくばって鞄の中をまさぐっていた。やっと鎮痛剤をみつけ、最後の力を振り絞り、錠剤をぷちっと出すと、一粒ずつ飲みこんだ。
「なんで、試合の日に限ってくる…の……?」
そのまま床に倒れ込む。お腹が痛い。腰も痛い。頭もちょっと痛い気がする。ついでにアソコもじんじん痛い。久美子は毎月この痛みに三日ほど襲われている。
五分後。
「はぁ…行くか」
鎮痛剤が多少効いてきたが、それでも痛い。久美子は立ち上がると体を引きずるように支度の続きをし、家を出た。
学校に七時四十五分集合だった。
「……来ない」
マネージャーが久美子以外誰も来ない。スマートフォンを取り出し、LINEで連絡をした。昨日作ったばかりのマネージャーのグループLINEに、ほどなくして、ぽぽぽぽっと返事が帰ってきた。
『今起きた!(笑)』
『昨日前髪切って失敗したから、行けない。ごめん(T_T)』
もう一人は既読スルーだ。久美子は返事せずにグループを退会した。
久美子が部室の鍵を開け、試合の準備をしていると、恭矢が来た。
「おはよー」
「…久美子、お前今日、相当ブスだぞ。大丈夫か?」
恭矢は普段大したことじゃ驚かないくせに、わざらしいそんな表情を作っている。
「知ってます。大丈夫じゃないです。本当は可愛く生まれたかったです!」
いじっといて返事を聞かず、恭矢は周りを見渡す。
「ファッションマネージャーどもは?」
「たぶん辞めた」
「やっぱな」
おはよう!とだお、優大、他の部員たちも到着した。久美子は急いで準備しなきゃと部室を出ようと駆け出す。そのとき、目の前がぐらっとして、思わず壁に手を着いた。それを優大が見ていた。
「大丈夫か?」
「よくあるから。こんくらい気にしてたら、生きてけないよ」
笑って誤魔化す。またお腹が痛くなってきた。お腹の中に手を突っ込まれて、ぐりぐり地面に向かって殴られているようだ。痛みで手がびりびり痺れる。
「無理すんなよ」
「うん」
練習試合は、一段と気合いの入っただおの活躍の甲斐あってか、一-〇で勝った。
だおは興奮冷めやらぬようで、道具を片付けながら、恭矢と相手校のピッチャーについてしきりに話していた。恭矢も珍しく盛り上がっている。
久美子は荷物を屋内に片づけようと、グラウンドから校舎につながるコンクリートの階段を、荷物持って上がっていた。たかが階段一段を上がるために、足に力を入れるだけでお腹が痛い。呼吸が荒くなる。痛み止めが切れてきたようだ。少し、頭もくらくらする。
「恭矢、あれさ、おに中のピッチャーの球、なんか上に浮かび上がってくるよな!」
「あれな、俺も気になってた!なんか気持ちわりー球筋。つーか、打ちにくいっつってる割に、お前、あのピッチャーから二打席もヒット打っただろ」
「あー、あれは、どっちもすっぽ抜けたボール球。何が違うんだろうなー。お前はさ、ボール、手から離れるの遅いじゃん?」
「そうなのか」
「うん。他のピッチャーと比べて。そっちのが、スト…」
だおがしゃべっていると、恭矢が突然、走りだし、階段にかけ上がる。途中で持ってたグローブが落ち、階段をコロコロ転がり落ちていった。数秒遅れてだおが向かうと、階段の途中で、恭矢が久美子を抱き止めていた。チラっと見える久美子は顔面蒼白だ。何が起こっているのかわからず、だおはテンパった。
「だだだだ大丈夫!?どうしたの!?きゅ、きゅーきゅーしゃぁああ!!」
「落ち着け。たぶん、貧血だろ…」
ほとんど恭矢に体を預けたまま、久美子は小さく頷く。頭の中がぐるぐるする。吐きそうだ。冷や汗が出る。今はただ耐えることしかできず、恭矢の服を鷲掴んだ。
「え、どどどどーすれば!?」
「水持ってこい。あれば、上着かなんか…」
「らじゃ!」
だおは猛ダッシュで取りに向かった。恭矢はあと数歩で登り切れる階段を支えながら登らせる。昇降口に入り、スノコの上に座らせた。
「取ってきた!上着わかんなくて、俺のだけど!」
だおがコップを口元へ持っていく。少し飲むと、久美子が死にそうな声で言った。
「めのまえ、ぐるぐる…する…きもちわるい…」
「ったく、体調悪いなら、無理すんなよな。寒いか?」
恭矢は、だおの学ランをかける。サイズが大きいため、久美子をまるまる包んだ。
「落ち着くまでこーしてろ。片付けはいいから」
立ち去ろうとする恭矢を、だおはおいてくの?と顔を見た。
「お前はそこにいてやれよ」
「え、いるだけ?」
「さすがに意識が無くなったら呼べ」
「え…」
そんなこと言われても…!!とだおは未だテンパっているが、恭矢はさっさと片付けに戻っていく。体操座りで、頭を膝にのせる久美子の目の前で、だおは突っ立って様子を見ていた。ようやく、変な光景だと気づき、少し離れて久美子の隣に座った。ただ座って待つというのはだおは苦手だ。
その後、久美子の母親が車で迎えに来た。貧血は治まり、歩ける程度になっていたので、優大やだおに付き添われ、車に乗ると久美子は帰って行った。
片付けが済んだだおたちも帰宅する。だおは久美子が倒れたときのことを思い出し、ボソッと言った。
「恭矢、冷静だなー」
「あー、ねーちゃんも生理重くて、よく貧血でぶっ倒れてるからな」
「生理?くーちゃん生理なの?」
「あ」
「たぶん」
優大も久美子が生理で貧血になっていたことに気付いていたようだ。自分だけ知らなかったことにだおは驚く。
「なんでお前らくーちゃんが生理って知ってんの!?」
優大は内容が内容なだけに、言いづらそうに目を泳がせた。
「なんとなくだよ。毎月、月末体調悪そうだし……」
「なんでそんなこと覚えてんの!?」
「肉の日の前後だなって。一回覚えちゃうと忘れられなくてよ」
「久美子イコール肉とか、お前ひどくね?」
恭矢のツッコミに優大は言い訳のように、早口で言った。
「いや、久美子が肉じゃなくて、うちの店が二十九日は肉の日で安くなるから、混む日で、それと、またまた久美子のと重な……」
「俺も覚える!メモる!」
「いや、それキモいから」
だおがどっかからメモ帳を出し、書き込む。書き込みながら、ふと顔を上げて聞いた。
「ってゆーか、生理って何?」
だおは優大の家に寄ると、保健の教科書を熟読した。優大の教科書は月経(生理)、妊娠、子宮、膣、受精などの言葉がマーカーで色づけされている。ただテスト対策に勉強しただけだが、なんか恥ずかしい。
「もう、そこの範囲、テスト終わったのんだけどな…」
「わからん!優大解説してくれ!」
「えぇ…将来妊娠するために毎月生理が来て、生理は血が大量に出るものだから、それで貧血んなったり、他にも腹痛や頭痛…」
「毎月そんな体調悪くなってるなんて…」
「痛み止め飲んでるみたいだしな」
「俺、気づかずにいろんなこと頼んじゃってたかも…」
だおはショックを受けたようで、同じところ何度も読み返している。優大も恭矢も気づいていたのに、自分だけ気づかなかったことや、体調悪いのにいろいろマネージャーの仕事をお願いしていたとか、なんてひどいことしていたのだろう。だおは決意した。
「もっと、女の子の体のこと知って、何かなってもテンパらないようにする!」
「お、おぉ、頑張れ」
翌日。久美子はかよと、しほと一緒に登校していた。だおを見つけると、少し恥ずかしそうに言った。
「だおちゃん、おはよう。昨日はごめんね」
手にはビニール袋を下げ、そこには麦茶のティーパックやテーピングテープ、消毒液が入っていた。
「おはよう!大丈夫だよ!それ、俺持つよ!くーちゃん今、生理なんだよね?」
声がデカい。かよやしほだけでなく、横を通過していった男子テニス部の集団が二度見していく。
「え、は、え、え、その、やーー!!」
久美子は真っ赤になり、しほに抱き付く。しほは抱きしめ、かよはだおを睨んだ。
「藤崎、サイテー!!」
だおはガーンとショックのまましばらく立ちすくんだ。隣にいる優大もドン引きした。
「お前、ダイレクトに言うとか…」
「…生理って恥ずかしいこと?」
だおは悪気はないようで、素直に困った顔をしていた。
「んー、別に恥ずかしがることではないんだけど…」
何と言えばいいのだろう。それぐらい難しい話題だ。
その日の部活は、腹痛で久美子は休んだ。だおは謝れないまま、悶々と家に帰った。保健の教科書広げたり、ネットで調べたりするが、イマイチよくわからない。
「何してあげたらいんだろう…」
つけっぱなしのデレビから、生理用品のコマーシャルが流れてきた。
『生理のときってテンション下がる~。そんなときは!マリエのナプキンならもう大丈夫!生理だってへっちゃら!』
最後に人気女優が両手を上げ、大きく飛びはねていた。だおはこれだ!と目を輝かせる。
翌日、ドラッグストアの店名が印刷された黒いビニール袋を下げ、だおが久美子の教室に向かっていた。その途中、恭矢と会い、得意気に袋の中身を見せた。
「じゃーん!くーちゃんのために買ってきたんだ!女の子って、このナプキンっての付ければ元気になるんだよな!?」
「…………」
恭矢は凍りついた。
「今から渡してくる!」
「待て!お前なんか勘違いしてる!」
珍しく他人ために、他人を全力で止める恭矢がいた。
「なんでだよー!早く元気にしてあげたいのにー!」
「あれはCM上の演出なんだよ!!付けたら、快適にはなるかもしれねーけど、体自体が元気になるわけじゃない!つーか、これ、男が持ってたらキモいから!!!!」
包装されたビニールは、取り合う男子の力で簡単に破れ、廊下の窓から下にぶっ飛ぶ。ちょうどそのとき、理科の授業でおしべとめしべの観察のため、優大のクラスが花壇の周りに集まっていた。優大があくびをしながらルーペで花を見ようとしたところに、上から個包装されたナプキンが舞い降りてきた。
「ん?なんだこれ?」
あまり見慣れないものだったため、優大は手に取りじーっと見つめた。何かわかるよりも早く、近くで女子が騒ぎだす。
「キャー!ナプキン!?」
「へっ!?」
優大は驚いて目を見開く。言われてみれば、かーさんがトイレに見えないようにおいてるやつかもしれない。
「優大くんが持ってきたの!?」
「ち、ちがっ…!」
「変態!」
「優大くんて、そんな人に見えなかったのに」
「ヤバくない?キモすぎー」
騒ぐ女子たちにクラスの男子が聞いた。
「これ、何?」
「聞かないで!」
その騒ぎをだおと恭矢は窓からそっと覗いていた。
「………」
「…………」
だおは、自分がヤバいことしようとしてたのを理解したらしい。二人はそっとその場を去った。
その日の夕方、帰りの会では、生理用品が投げられるいたずらがあったと報告された。
翌日。久美子が完全復活し、みんなで優大の家で焼き肉を食べた。だおは久美子に嫌われたと心配していたが、どうやら、流してくれたらしい。
恭矢は久美子の取り皿にどんどんレバーを乗せていく。
「レバー食え。レバー。そんなだから、貧血になるんだよ、ブス」
「だって、レバー嫌いなんだもん」
「その皿の、全部食うまでカルビ食うな」
恭矢に言われ、久美子はしぶしぶ箸で摘まむと口に入れた。レバー独特の臭みが広がる、パサパサ感に自然と顔が歪む。
「やべぇ、顔、ブス(笑)」
「わかった!俺がレバー食べて、血にして、くーちゃんに輸血するよ!」
「お前、血液型は?」
「O型!」
「じゃ、輸血できるな」
「私、A型だよ」
「じゃ、なんかあったら俺も頼むわ」
「俺も」
B型の恭矢とAB型の優大が手を挙げる。
「おう!」
「ちなみにここにいるやつ、誰もお前に輸血できないから。いざとなったら死ね」
「えぇえええええ!?なんでぇぇえええ!?」
「人の血液の中には抗原があって、お前はA抗原もB抗原もないから…」
優大の話をだおがふむふむと頷く。隣で久美子が肉に箸を伸ばす。
「レバー食べ終わった!カルビいただきまーす!」
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