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「昨日の観た?」
小坂恵一は教室に入って来るなり、笑顔で最上に訊いた。
「なにを?」
最上が気怠そうにこたえ、ゆっくりと小坂を見る。いつも無気力な最上だったが、今日はいつにも増して疲れているように見える。
「ホノオのさ、ニュース」
「あー……」
最上は興味なさげに空返事をし、あくびをした。
「昨日のはさ、カマキリみたいなヤツだったみたいだな」
「へえ」
「なんだよ、興味がないみたいに」
「ねえよ」
言って、最上は机に突っ伏してそのまま寝息をたてた。
「……ったく」
ため息を吐き、小坂は窓側のいちばん後ろの席へちらと視線をやった。
頬杖を突き、窓越しに校庭を見つめる少女は、昨日よりもキレイに見えた。廊下側の一番前の席というどうしようもない距離が恨めしかったが、かといってもし席が近かったとしても、自分と彼女との間には存在としての遠い遠い距離がある——
——花江初奈。
それが彼女の名前で、その名前を知らないヤツはこの高校にはいなかった。男子は言うまでもなく女子さえも魅了する花江に、小坂は分不相応だとは思いながらも密やかな恋心を抱いていた。その他大勢と同じく一目ぼれだったが、意気地がないから告白はおろか未だに言葉をかわしたことすらない。今日もただ、遠くから見つめるのだけが精いっぱいだ。
ふと、花江がこちらを向き、視線がかち合った。
小坂はとっさに視線を逸らし、高鳴る胸の鼓動を感じながら最上を見た。
「お前、ハナエのことが好きなの?」
いつのまにか起きていた最上が、机の上で組んだ腕から目だけを出して言う。
「バ、バカ言うなよ。そんなわけあるか」
「あいつはやめとけ」
「……分かってるよ。俺に無理なのは」
「いや——」
何かを言いかけ、
「——そうだな。お前には無理だ」
と、最上は知ったような口をきいた。
「なにを話してるの?」
とつぜん聞こえた声に見上げると、いつの間にか小坂たちのとなりに立っていた花江が微笑みながら小坂を見ていた。
「あ、あああ、その」
慌てふためく小坂をよそに、最上がため息を吐く。
気がつけば、教室中の視線が三人に注がれていた。
「こっち来るなよ。いい迷惑だ」
「私を迷惑がるのは、あなたくらいよ」
最上の険のある態度を、花江は楽しんでいるようだった。
「小坂くん、さっきホノオの話をしてなかった?」
席が離れているのに聞こえていたんだろうか、と思いながらも、
「う、うん。昨日のニュースでやってたやつ」
と、小坂は花江とはじめて言葉を交わしたことに舞い上がった。
「どんなだった?」
「どんなっていうか、ニュースじゃあ、カマキリみたいな怪物が現れたけど、ホノオが倒したってだけしか言ってなかったな」
「そう」
「で、でも凄いよな。まさか現実に怪物がいて、それどころかヒーローまで出てくる世の中になっちゃったんだから」
「たしかにそうね。もう八人もたおしてるんだから、すごいよね」
「いや、たしか五体目だったんじゃないかな」
「あれ、そうだっけ?」
「そう。ニュースで言ってた」
「そっか……」
花江が最上をちらりと見る。
「……五体でも八体でも一緒だろ。それに、ホノオはヒーローなんかじゃないぜ、小坂」
最上がうんざりした顔で言って、立ち上がった。
「あいつは化け物だよ。いつか他のやつらとおんなじことをしちまうかもしれない」
ほとんど独り言のように吐き捨て、最上は教室を出て行った。
花江と取り残された小坂は、
「最上のやつ、きっとトイレだよ」
と、しなくてもいい弁解をした。
「最上くんはああ言ってたけど、私は小坂くんと一緒で、ホノオはヒーローだと思う」
「そ、そうだよね。カッコイイよ、ホノオは」
言って、小坂はあらためて花江に見惚れた。
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