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駅から歩くこと5分ほど。なんの商売をやっているか分からないビルが立ち並ぶ通りに、青い文字のネオンが浮かぶ。
一見普通のサウナに見えるが、入り口の前には会員制と書かれた看板を掲げている。これはハッテン場にいわゆるノンケの男性や女性が入って来ないようにする為だ。
自動ドアで中に入ると、スーパー銭湯独特の湯気の匂いが漂ってくる。
肇は受付に行って作務衣とタオルを受け取る。不特定多数の人間が集まる場所なのでドラッグストアで買ったイソジンで口を消毒しておく。そしてコンドームとローションと小銭を作務衣のポケットに突っ込んだ。
ロッカーの鍵は足首に付けておく。鍵をつける場所はタチかウケかで変わり、足首につけるのはリバであることを表す。
脱衣所を出て、サウナに入って相手を探すか、休憩室で相手を待つか迷いながら廊下をうろついた。以前来た時にはなかった個室が増築されているらしく、脱衣所から伸びる壁には3つほどドアが並んでいた。もちろん、相手と行為をするのが目的の部屋だ。肇はそれを横目に見ながら休憩室の方に向かった。
顔がうっすら確認できる程度に照明を落とした休憩室に入ると、10畳以上ある広い部屋にちらほらと寝転がる男達がいた。部屋の隅にはローションとコンドームの入ったカゴがある。微かに漂う汗の臭いに、苦みのある匂いが混じっていた。
寝転がっている男達の鍵の位置をチェックする。右腕に付けてる男性が多い。ネコばっかだなと思いつつ誰がいいか品定めを始める。
顔をチェックしていくが、ピンとくる者がいない。と、「リバなの?」、と足首をいきなり掴まれた。しかし肇は暗黙の了解も守れないヤツはお断りだとばかりに足を軽く払う。男性は大人しく引き下がった。去る者追わずもこの場所でのマナーである。
やがて部屋を一周した先で、肇は他の男性たちと同じようにタオルを敷いて寝転がる。相手を待つことにした。
しばらくすると、隣に誰が来るのが目の端に見えた。気の弱そうな、あっさりした顔。黒い短髪、切れ長の目。
「あの、ちょっといいですか」
ひそひそと話しかけられた。話し方まで気が弱そうだった。
「あの、貴方もゲイ・・・なんですか」
「そうだけど」
彼は肇の顔を確認するなり、えっ、と目を点にした。
「・・・どうしよう」
「あのさあ、もしかしてノンケ?」
男性は頷く。やっぱりな、と肇は嘆息した。
たまに普通の入浴施設と間違えて入ってくる者もいる。肇はノンケの男性にもマッチングアプリで出会った相手にもゲイに見えないと評されることが多い。この男性も肇がノンケだと思って話しかけてきたようだった。
彼は肉食獣の檻に放り込まれた小動物のように身体をすくめ視線で周りを窺っている。
「さっさと帰れ。誘われても断れば深追いしてくるヤツはいない」
「でも、さっきからしつこい人がいて・・・」
彼はキョロキョロと目を動かす。そして、ビクッと肩を跳ねあげた。
肇は彼の腕を引いて組み伏せる。
「え、何」
何が起こっているのか分からず動揺しているうちに足音と気配が近づく。それは肇たちの横で止まる。
「・・・混ざっていい?」
「ヤダ」
上から舌打ちが降ってきて、それから足音が遠のいていった。
「はあ、すいません。助かりました」
彼は起き上がる。が、肇は彼の肩を床に押し付ける。彼の顔に怯えが広がるが
「もう少しいないと。不自然だろ」
「あ、そうですね。すみません」
と肇の言葉に大人しく横になった。
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