23人が本棚に入れています
本棚に追加
楽器店でのアルバイトが終わった後、肇が制服の黒いエプロンを脱いだ途端Queenの「I was born to love」のメロディが鳴った。
ユウジからの着信だ。
もう最初の一音で分かるようになって、ワンコールで耳に当てる。
「何?」
『悪い。カホ預かってくれ。会社に戻らなきゃいけなくなった』
「俺も店長にちょっと残って欲しいって言われてんだけど」
『マジか。どうすっかな』
しばらく2人して唸っていたが、ロッカールームの外から店長に呼ばれた。スピーカーの向こうからも同じタイミングで声が聞こえた。
もうユウジは店に到着しているらしい。上着に袖を通しながら店に出る。
スーツ姿の息を切らせたユウジと、保育園の制服である水色のスモックを着たカホが手を繋いでいた。シティーハンターに出てくる元傭兵のようなスキンヘッドの男性ーーー店長の織田と話している。
織田は肇に気づくと
「ハジメ、メシ食いに行こうぜ。カホちゃんとちょっと待ってろ」
と店の奥に引っ込んでいった。ユウジは後は頼んだ、と慌ただしく店を出て行った。
カホは肇を見上げて不安そうにギュッと手を握ってくる。肇はこのような時、気の利いたことなど言えないし子どもと遊ぶ方法もろくに知らない。
ただ一つ知っていることは
「ピアノ弾くか?」
「うん!」
カホに笑顔が咲く。
試奏用の電子ピアノのところまで連れていってやると、片手でキラキラ星を弾いていた。
「カホすごい?!」
星が零れるようなキラキラした目で振り向く。
すごいすごい、と棒読みで言ってやれば、保育園の発表会で弾いたと自慢げに話していた。
「すげえなあ、もう弾けるようになったのか」
着替えて出てきた織田がそう言えば、カホは
「だってお姉さんになるんだもん」
と得意そうに胸をそらす。織田は筋肉に包まれた体躯を縮めてカホに目線を合わせる。
「よし、おじちゃん達とご飯食べに行こうか」
「ハジメちゃんは?」
「行くよ」
やったあ、と万歳するカホの横から、P¡nkのように金髪をショートカットにした女性が割り込んできた。肇の同僚のアリサだ。
「私も一緒に行っていいですか?お腹すいちゃって」
織田は二つ返事で了承した。ぞろぞろと連れ立ってファミレスに向かう。
「図々しいヤツ」
アリサは肇の呟きをしっかり拾って小声で囁く。
「バカ。あんた達だけだと捕まるわよ」
考えてみれば、肇は父親にしては若すぎるし、織田は黒いジャンパーにジーンズにサングラスといかつい格好だ。この2人にカホが挟まれていれば、周りの人間は通報するべきかどうか迷うところだろう。
アリサもスタッズの大量についた黒のジャケット、タイトなダメージジーンズにレースアップブーツとパンキッシュな格好だ。
しかしアリサは肇が見たことがないほど愛想の良い笑みを浮かべカホに話しかけている。人懐こいカホはもうアリサと手を繋いでいた。
最初のコメントを投稿しよう!